ジョン・ジェイコブ・ジングルハイマー・シュミット

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

ジョン・ジェイコブ・ジングルハイマー・シュミット(John Jacob Jingleheimer Schmidt)は、アメリカ合衆国で生まれた伝統的な子供の歌である。この歌は1つの節の繰り返しでできており、繰り返すごとにボリュームを上げ(あるいは、最後の「ダダダ・・・」のフレーズ以外はボリュームを下げ)て歌われる。繰り返すごとにテンポを上げたり(アッチェレランド)下げたり(リタルダンド)といった歌われ方をすることもある。歌詞は、歌う人によって異なる。

歌詞とメロディ[編集]

歌詞にはバリエーションがある。例えば、次に挙げるものが1つのバージョンであり、テンポやピッチを変えつつ何度も繰り返される[1]


  {
    \key d \major \time 4/4
     \repeat volta 2 { fis'2 e'4 d' 
     a8 g'8 g'8 fis'8 g'4 r
     g'8 g'4 g'8 a'4 e'4 
     fis'2. r8 fis'8
     a fis' fis' eis' fis'4. ais8
     b8 g' g' fis' g'4 fis'8 g'
     a'4 a'8. b'16 a'8 g' fis' e'
     d' a' a' b' a' g' fis' e' }
   }
   \addlyrics {
John Ja -- cob Jin -- gle -- hopp -- er Schmidt!
His name is my name, too! 
When -- ev -- er we go out, 
The peo -- ple al -- ways shout!
(There goes) John Ja -- cob Jin -- gle -- hopp -- er Schmidt!
(Ya da da da da da da...)
}

起源[編集]

この歌の起源ははっきりしないが、そのルーツが19世紀末から20世紀初頭に移民のコミュニティで人気となったヴォードヴィル劇場での演劇にあるとする説がある。ジョー・ウェーバー英語版ルー・フィールズ英語版の作品など、当時のボードビル劇には、ドイツ系アメリカ移民にあったフラストレーションを表明するものがよくあり、ユーモアの手段として英語の誤用語や難しさが多用されていた[2]。さらに、「ジョン・ジェイコブ・ジングルハイマー・シュミット」は、『おいらの名前はヨン・ヨンソン英語版』という19世紀末のスウェーデンのヴォードヴィルに起源を遡ることのできる歌と、多くの共通する特徴を持つ。

20世紀半ばまでには、この歌は広く知られるようになっていたものと見られる。1931年、ニューヨーク州北部の新聞であるエルマイラ・スターガゼットは、セネカ湖に集まったボーイスカウトが食堂に入ると、「第18隊は、にわかに、最初のキャンプ・ソングである『ジョン・ジェイコブ・ジングルホッパー・スミス(John Jacob Jinglehopper Smith)』を歌い出した」と報じている[3]。1941年のミルウォーキー・ジャーナル英語版の記事も、「ジョン・ジェイコブ・ジングルホッパー・スミス」という同じ名前で、この歌に言及している[4]

この歌は、『決して終わらない歌英語版』や『おいらの名前はヨン・ヨンソン』、『マイケル・フィネガン英語版』といった歌と同様に、無限ループで歌うことができる。

他の言語でも、この歌を翻訳したものを見ることができ、スペイン語版では『フアン・パコ・ペドロ・デ・ラ・マール(Juan Paco Pedro de la Mar)』となっている。

有名な登場場面[編集]

脚注[編集]

外部リンク[編集]