ジョゼフ・エスポジート

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ジョセフ・”ダイヤモンド・ジョー”・エスポジート(Joseph "Diamond Joe" Esposito、1872年 - 1928年3月21日)は20世紀初頭のシカゴブラック・ハンドの大ボス。

彼は自分の妻が別の男と婚約していたが、その男を始末して結婚したという。

キューバから砂糖を輸入する業者で、それによって財産を作り裏と表の両社会に影響力を持っていた。本人はカルビン・クーリッジ大統領から個人的厚意で砂糖輸入のライセンスを与えられたといっている。

「ベラ・ナポリ」というナイトクラブを経営しており、ギャングの会合場所として使われていた。組織を強化するため、彼がジェンナ兄弟シチリアから呼び寄せたといわれている。ジョニー・トーリオアル・カポネなど当時のギャングは、みんな彼の恩義を受けていたと言われている。

1928年3月、56歳のときに射殺された。3月26日にマウントカーメル墓地で行われた葬儀には8千人の会葬者が集まった。