ジョイ・アダムソン

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ジョイ・アダムソン

ジョイ・アダムソン(Joy Adamson、1910年1月20日 - 1980年1月3日)は、『野生のエルザ』で知られる作家、ナチュラリスト、芸術家。旧姓名はフリーデリケ・ヴィクトリア・ゲスナー (Friederike Victoria Gessner) 。

オーストリア・ハンガリー帝国シレジア地域のトロッパウ(現・チェコのオパヴァ)に、三人姉妹の次女として生まれる。十歳の時両親が離婚し、祖母と生活をともにする。ピアノと医学を学ぶ。

三人目の夫ジョージ・アダムソンはケニアの北部境界地帯で管理人をしていたが、1956年、撃たれて死んだ牝ライオンが残した三匹の子供らを育てることになった。その一匹がエルザである。残り二匹はロッテルダムの動物園に贈られた。1960年ジョイは記録をもとに『野生のエルザ』(Born Free)を刊行し、ベストセラーとなる。

1966年『野生のエルザ』は映画化され(監督ジェームズ・ヒル、主演ヴァージニア・マッケンナビル・トラヴァース)、主題歌「ボーン・フリー」を含めて第39回アカデミー賞(作曲賞・歌曲賞)を受賞した。1974年にはダイアナ・マルドア主演でテレビシリーズ化され、日本でも放送されて人気が再燃した。エルザは1961年に死に、その後はピッパとペニーというヒョウの子供を育て、これも作品にした。

1980年、ケニアにおいて死去。初めはライオンに殺されたという報道されたが、その後の調査で元の使用人に殺されたことが判明した。夫のジョージも1989年に密猟者に殺されたとされるが、裁判では無罪判決が出ている。[要出典]

『野生のエルザ』は日本では1962年に藤原英司によって邦訳され、シリーズも藤原によって訳されロングセラーとなった。

なお元使用人に殺害された件では、現地人の使用人に対して傲慢であり見下していたといった報道がなされた。[要出典]

邦訳[編集]

(特記なきものは藤原英司訳)

  • 野生のエルザ ライオンを育てた母の記録 文芸春秋新社 1962 のち文庫
  • 永遠のエルザ ライオンを育てた母の記録 文芸春秋新社 1962 のち文庫
  • わたしのエルザ 文芸春秋新社 1963 のち文庫
  • エルザの子供たち ライオンを育てた母の記録 文芸春秋新社 1964 のち文庫
  • 密林のエルザ 女性とライオン親子の愛のフォト・ストーリー 集英社 1966
  • 野生のピッパと暮して 久米穣訳 偕成社 1971 (少年少女世界のノンフィクション)
  • いとしのピッパ 文芸春秋 1971
  • さよなら!ピッパ 文芸春秋 1973
  • ジョイ・アダムソンのアフリカ博物誌 どうぶつ社 1979.4
  • エルザわが愛 自伝 文芸春秋 1980.6
  • 草原の女王ペニー ヒョウの子を育てる 文芸春秋 1981.11
  • 森のともだちサルとミミズク 佑学社 1982.4
  • 野生のエルザ 改訂新版 藤原英司、辺見栄訳 文藝春秋 2003.7 (4部作を統合し抄訳したもの)

関連書[編集]

  • ジョイ・アダムソン 自然を愛した「野生のエルザ」の作家 藤原英司監修 堀ノ内雅一シナリオ 高瀬直子漫画 集英社 1998.3 集英社版・学習漫画