ジャン1世 (エノー伯)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索

ジャン1世・ダヴェーヌ(Jean Ier d'Avesnes, 1218年5月1日 - 1257年12月24日)は、エノー伯Houffalize(現在のベルギーリュクサンブール州)生まれ。父はアヴェーヌ伯ブシャール4世、母はフランドル女伯兼エノー女伯マルグリット2世。異父弟にギヨーム・ド・ダンピエールギー・ド・ダンピエール

1221年に父と母が離婚、1223年に母はダンピエール伯ギヨーム2世と再婚、ギヨーム、ギー、ジャンら3人の子を儲けたが、1244年にマルグリットがギヨームを後継者に指名したことに反発、戦争を起こした(フランドル継承戦争)。1246年フランスルイ9世の調停を受けてエノーを相続することに決まったが、母がエノーを手放さず、翌1247年にフランドルをギヨームに与えたため再戦、1251年のギヨームの死後、その弟のギーとの戦いを継続、1253年にギーに勝利、エノーの領有を果たしたが、1257年に急死した。エノーは子のジャンではなく、母が再び領有した。

子女[編集]

1246年ホラント伯フロリス4世の娘アーデルハイトと結婚、6人の子を儲けた。

先代:
マルグリット1世
エノー伯
1246年 - 1257年
次代:
マルグリット1世