コッラード・ディヴレーア

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コッラード・ディヴレーアCorrado d'Ivrea, ? - 1001年コッラード・コーノCorrado Cono)とも)は、ベレンガーリオ2世とウィラの3男で、アダルベルト2世グイードの弟である。彼は第7代のイヴレーア侯(辺境伯)であった。

略歴[編集]

957年から961年までミラノ侯であったコッラードは、神聖ローマ皇帝オットー1世の作戦で父と兄アダルベルトが敗退しグイードが処刑された後、最終的な和解を行った。 そして、オットーは965年、彼をイヴレーア辺境伯に任命した。

先代:
グイード
イヴレーア辺境伯
965年 - 989年
次代:
アルドゥイーノ