グリップスホルム (客船・初代)

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MS Gripsholm.jpg
船歴
起工 1924年
進水
竣工 1925年
その後 1966年解体
主要目
総トン数 17,993 トン
全長 174.3 m
22.7 m
吃水
主機 バーマイスター・ウント・ウェイン(B&W en)ディーゼルエンジン6気筒可逆4サイクル複動ディーゼル・エンジン2軸
出力 13,500馬力(最大出力6,750馬力2基)
航海速力 16.0ノット
最高速力 17.0ノット
船客定員 一等 127名
二等 482名
三等 948名
乗組員

グリップスホルムM.S.Gripsholm)は、スウェーデンスウェディッシュ・アメリカ・ラインenが建造し運航していた定期航路用客船。 尚、他にグリップスホルムの名を持つ客船は1957年に竣工した同船社の2代目や、他船社が1996年 - 1997年に運航していた同名船が存在する[1]が、本項ではスウェディッシュ・アメリカ・ライン運航の初代について解説する。

概要[編集]

1925年イギリスアームストロング・ホイットワース社で竣工。北大西洋航路の定期便に就航した客船では初のディーゼル主機船であった[2]。姉妹船に1928年建造のクングスホルム(M.S.Kungsholm)enとともに同航路の他、地中海南米方面へのクルーズにも就航し、1937年には甲板室の改造を行った。第二次世界大戦勃発後、1942年から1946年の間はアメリカ政府にチャーターされ、連合国枢軸国間の外交官居留民等の引揚者輸送する交換船として使用された[3]戦後1949年 - 1950年には船首部延長、煙突を新しいものに交換、客室近代化等の改装を実施。1954年西ドイツ(当時)の北ドイツ・ロイド汽船(Norddeutscher Lloyd:略称 NDL en)に売却され、翌1955年に「ベルリン(Berlin)」と改名し北大西洋航路に就航していたが、1966年イタリアに売却解体された。

脚注[編集]

  1. ^ en
  2. ^ 定期航路に就く大型客船として画期的な出来事で舶用ディーゼルの信頼性を広く高めた。又、機関は交換されることなく41年に渡り使用された(「豪華客船スピード競争の物語」著作 Denis Griffiths p.176。)。
  3. ^ 1942年6月第一次日米交換船として中立国のポルトガル領東アフリカのロレンソ・マルケス(現モザンビークマプト)へ赴き、帰国する日本政府の石射駐ブラジル大使ほか中南米駐在外交官ほか在留邦人、タイ人、中立国人の合計656人と折り返しで米国および連合国側人員の送迎を分担した。

参考文献[編集]

  • 海人社『世界の艦船』1991年6月号 No.437
  • 海人社『世界の艦船』2007年2月号 No.670 「客船史つれずれ草」(2)竹野弘之 p.109「コンテ・ヴェルデ」Conte Verde
  • 出版協同社 『客船・昔と今』1974年 野間恒著
  • 成山堂書店『豪華客船スピード競争の物語』 1998年2月 著 Denis Griffiths・翻訳 粟田 亨ISBN-13: 978-4425712915 「第10章 ディーゼル船の台頭」グリップスホルムp.176-180
  • NTT出版『豪華客船の文化史』 1993年4月 野間恒著 ISBN4-87188-210-1

外部リンク[編集]