クトゥブッディーン・ムバーラク・シャー

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クトゥブッディーン・ムバーラク・シャー1299年 - 1320年、在位:1316年 - 1320年)は、インド北部を支配したハルジー朝の第5代君主。

父は第3代君主アラー・ウッディーン・ハルジー。長男ではなかったらしいが、少なくとも父の死後に擁立されたシハーブッディーン・ウマルよりは年上の兄だったという。父の死後は宰相で宦官のマリク・カーフールが実権を握ったが、専横が過ぎてすぐに殺され、代わってムバーラクがウマルの宰相となって実権を握った。そしてその数ヵ月後にはウマルを廃して自らが君主となった。

ハルジー朝ではアラー・ウッディーンが強力な指導権の確立のために圧政を行なっていたため、その反動で内紛や反乱が相次いでいたが、ムバーラクはこれを抑えるために父時代の統制の緩和や恩赦を連発して、かえって王朝にさらなる混乱を招き、社会不安も増大させた。ムバーラク・シャーは宰相のホスロー・ハーンに政治を任せたが、結局、最後はそのホスローに裏切られて殺された。22歳であった。

参考文献[編集]

先代:
シハーブッディーン・ウマル
ハルジー朝の君主
1316年 - 1320年
次代:
滅亡