オンタリオ・サザン鉄道 (オンタリオ州)

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オンタリオ・サザン鉄道(オンタリオサザンてつどう、: Ontario Southern Railway)は、かつてカナダオンタリオ州クリスタル・ビーチ英語版 - リッジウェイ間(両方のコミュニティは現在オンタリオ州フォートエリーの一部)を運行していた鉄道路線である。

当路線は、クリスタル・ビーチにある遊園地の利用者を、リッジウェイにあるグランド・トランク鉄道英語版本線のへと、往復で送迎していた短距離の旅客輸送線であった。 当路線は、総延長が約1+12マイル (2.4 km)であり、1896年から1898年まで運行されていた。

オンタリオ・サザン鉄道の列車および駅

設計[編集]

オンタリオ・サザン鉄道はユニークなデザインであった。 それは、ガイドレールを両側に取り付け、木製の梁上に敷設された1本の走行用レールからなる、初期のモノレールの実例であった。 当路線の大部分は、ニックネーム「ペグレグ鉄道 (Peg-Leg Railway)」の由来ともなった、木製支柱上から高さ10〜30フィート(3〜9メートル)の高架であった。 当路線も、道路下では1本の小トンネルで通り抜けていた[1]

客車は両側とも開いており、背中合わせの構造となる合計6つのベンチを有していた。 当路線運行の最初の2年間では、客車はバッテリーを動力としていた。 最終年には、架線が設置されていた。 バッテリーを充電したり、後の架線への電力供給には、当路線の終端であるクリスタル・ビーチにあった、固定蒸気エンジンに繋がった発電機から供給されていた[1]

運行[編集]

当鉄道が低信頼性であっても、当システムでは名目上、15分間隔での運行を行っていた。 特に豪雨の後、柔らかい地面で支柱が揺れたり、冬には支柱に霜が付くため、毎年春に相当なメンテナンスを必要としていた[1]

当鉄道が直面していたメンテナンス上の課題にもかかわらず、重大な事故は知られていない。 唯一知られている災難は、車両の下に掛かっていたバッテリーケースに打たれて死んだ牛であった[1]。 それにもかかわらず、乗客不足は当路線を不経済にしていた。 それは、現実的な交通手段よりも目新しさであった[2]。 クリスタル・ビーチへの公共輸送機関の主な形として、鉄道のみを二次サービスで提供している、アメリカ合衆国ニューヨーク州バッファローからの蒸気船を経由していた。 1898年シーズンの後、当鉄道は閉鎖され、解体された[1]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d e Mills, John (2007). Niagara, St. Catharines and Toronto Railway. Canada: Railfare DC Books. pp. 200–203. ISBN 1-897190-27-1 
  2. ^ Jackson, John; Burtniak, John (1978). Railways in the Niagara Peninsula. Belleville, Ontario: Mika Publishing. pp. 115–116. ISBN 0-919303-27-7 

関連文献[編集]

フォートエリー博物館からの鉄道 (PDF) の文書では、7ページにオンタリオ・サザンの追加写真が含まれており、10ページより解説が始まる。