オモシロガールズ

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オモシロガールズ(おもしろがーるず)は、北海道文化放送(uhb)開局25周年記念企画として結成されたユニットである。

目次

[編集] メンバー

入社年と退社年はuhbの在籍期間を表したものである。

[編集] 経歴

[編集] 結成から解散まで

1997年4月北海道文化放送(uhb)は開局25周年を迎えるにあたり、キャンペーン期間限定のユニットとして、1997年1月に結成された。この年のキャッチフレーズ「おもしろ万年」であり、これがユニット名の由来である。

キャンペーンにあわせてオモシロガールズが歌うキャンペーンソング『おもしろ万年』と『ずっとそばに、いたいから』もつくられた。これはuhbのオープニングとクロージングで使用されただけではなく「Go!Go!25周年」のCMもにも起用された。この曲は300枚限定でシングルCD化され、1997年4月13日に、札幌三越デパートで握手会を兼ねたチャリティー販売イベントを行った。そこには長蛇の列ができ、わずか10分でCDが無くなるほどであった。

1998年1月、uhbはキャッチコピーを「おもしろ万年堂」とし、オモシロガールズは解散。解散にあたりCMも作られた[1]。しかし、オモシロガールズの人気は依然として高く、解散したにもかかわらず、その年のさっぽろ雪祭りで一回限りのコンサートを行った(振付は土居甫が担当)。

1999年に入り、丸岡がメンバーから離れ、代わりに竹中美彩アナが加入し、ユニット名は「オモシロガールズ2」となった。丸岡は1999年9月にuhbを退社した。その後、当時のuhbのキャッチフレーズである「ともだっちUHB」を受けて「ともだっちがーるず」に改名するも、定着せずに半年で終了した。

[編集] その後

  • 情報ライブ ミヤネ屋』の全国ニュースコーナー「丸岡いずみキャスターの最新ニュース」では、ニュース終了後、宮根誠司とのクロストークが人気だが(ミヤネ屋や丸岡いずみの項目も参照)、宮根が関西圏における丸岡の人気上昇に関連して「オモシロガールズを超えてますよ!」と話を切り出したところ、「そういう話をしますか!?」と言った後、宮根が昔発売したCDの話を持ち出して対抗した[2]。その後も宮根は数回「オモシロガールズ」をネタに丸岡をいじっている。別の日のクロストークで、宮根は「北海道でも(丸岡の)人気が再燃している」と話した[3]。さらに、『およよん NEWS&TALK』でも、吉田豪が現物のCDを持ち出してこのユニットについて話を振った。いずれにせよ丸岡は、この頃の活動についてあまり触れられたくないようである。
  • オモシロガールの丸岡と、オモシロガール2の竹中は、同時期にユニットで活動したことはないが、偶然にも他局の『情報ライブ ミヤネ屋』に、2人とも出演することになった。ただし、『ミヤネ屋』でも、基本的に同時出演はない。

[編集] 脚注

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  1. ^ 解散の理由はプロデューサーが「飽きた」から。
  2. ^ 2008年5月(日付亡失)の『情報ライブ ミヤネ屋』放送より。ちなみに、ミヤネ屋パーソナリティの中には「オモシロガールズって何?」と聞く人もいて、皮肉にも北海道圏外における「オモシロガールズ」の知名度の低さが明らかになった。
  3. ^ 『情報ライブ ミヤネ屋』2009年7月13日(月)放送分のクロストーク(一部局飛び降り後)より。


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