エレン・グールド・ホワイト
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エレン・グールド・ホワイト(Ellen Gould White、1827年11月26日 - 1915年7月16日)は、アメリカ合衆国のセブンスデー・アドベンチスト教会の創立において指導者として活躍し、「預言者」と呼ばれていた人物。
経歴 [編集]
1827年メーン州ゴラムで、敬虔なメソジストの両親の元に生まれる。幼少は病身のために正規の教育を受けられなかった。
1840年ウィリアム・ミラーの再臨の説教を聞いて信奉したために、メソジスト教会から信徒資格を剥奪される。1844年にウィリアム・ミラーの再臨の預言が空振りに終わり運動が混乱していた時に、ホワイトは土曜日(セブンスディー)の安息日として厳守する啓示をもたらす、これがセブンスディー・アドベンチスト教会の重要な教理になった。
1846年にジェームス・S・ホワイトと結婚すると、ミシガン州バトルクリークに移住し、そこに教会本部を置く。
1881年の夫の死後に欧州と豪州を訪問する。1903年にはワシントンD.C.に本部を移した。生涯に45冊の書物と、4000以上の論文を著した。
著書 [編集]
- In Defence of the faith
参考文献 [編集]
- 大山武俊『ホワイト、エレン・グールド』「新キリスト教辞典」1991
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