エドモンド・フィッツジェラルド (貨物船)

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座標: 北緯46度59.91分 西経85度06.6分 / 北緯46.99850度 西経85.1100度 / 46.99850; -85.1100

Edmund Fitzgerald-USACE.jpg
セントメリーズ川でのエドモンド・フィッツジェラルド、1975年5月
経歴
名称: SS Edmund Fitzgerald
所有: Northwestern Mutual Life Insurance Company
運航: Columbia Transportation Division, Oglebay Norton Company of Cleveland, Ohio
船籍: アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
発注: 1957年2月1日
建造: Great Lakes Engineering Works of River Rouge, Michigan
建造番号: 301
起工: 1957年8月7日
進水: 1958年6月8日
命名: 1958 年6月8日
竣工: 1958年6月7日
処女航海: 1958年9月24日
識別: Registry number US 277437
愛称: "Mighty Fitz"
"The Fitz"
"The Big Fitz"
その後: 1975年11月10日に嵐によって失われる
仕様諸元
分類 ばら積み貨物船
総トン数
  • 8,713 トン(純トン)
  • 13,632 トン(総トン)
  • 26,660 トン(載貨重量トン)
全長: 729 ft (222.2 m) oa
全幅: 75 ft
全高: 38 ft
深度: 39 ft
出力:

As built:

  • Coal fired Westinghouse Electric Corporation Steam Turbine 2 cylinder @ 7,500 SHP

After refit:

  • Conversion to oil fuel and the fitting of automated boiler controls over the winter of 1971-72.
  • Carried 72,000 U.S. gallons (60,000 imp gal; 273 m³) fuel oil
機関: One 19.5 ft diameter propeller
速力: 14 ノット
乗組員: 29

エドモンド・フィツジェラルド (SS Edmund Fitzgerald) とは、1958年6月8日に製造された、アメリカ貨物船である。当時最大の貨物船であった。 1975年11月10日、強風、雪の中スペリオル湖を航行中に突然行方がわからなくなり、その後湖底で2つに割れた状態で沈んでいるのを発見された。五大湖史上最悪の事故として、その名を語り継がれている。

概要[編集]

Northwestern Mutual Life Insurance Companyによって計画されたこの船は、1957年2月1日に船体番号301として竣工。 1958年9月の処女航海を経て、五大湖の貨物運用に就いた。 竣工式のときに造船所のキールブロックがうまく外れず、そのまま桟橋に勢いよく激突するトラブルがあった。

歴史[編集]

最後の航海と難破[編集]

1975年11月9日、強風警報が出ていたにもかかわらず、エドモンド・フィツジェラルド号は26,116tのタコナイトを積載して、ウィスコシン州スペリオルを出港し、ミシガン州デトロイトへ向かった。10日未明、強風がさらにひどくなり、航路をスペリオル湖北岸沿いに変更し、エドモンド・フィツジェラルド号の後を続いていたアンダーソン号にもそのように告げた。波の高さは3mを超え、強風がさらにひどくなり、雪が降り始めた。約16マイル離れていたアンダーソン号から、エドモンド・フィツジェラルド号は見えなくなった。その後アンダーソン号にエドモンド・フィツジェラルド号から連絡が入り、船の上部等が損傷し、2台のポンプを使って水をくみだしていることを告げた。午後4時30分、エドモンド・フィツジェラルド号はレーダーを失い、目的地のホワイトフィッシュ・ポイントの位置を確認できなくなった。午後6時には波が7mを超える高さになっていた。午後7時10分、アンダーソン号はエドモンド・フィツジェラルド号の約9マイル先に船があることを告げた。その後エドモンド・フィツジェラルド号との通信が途絶え、エドモンド・フィツジェラルド号は雪の中、アンダーソン号の視野から消えた。アンダーソン号は捜索にでたが、空の救命ボートのみが見つかった。生存者も見つからず、その後、全員が死亡したということになった。

その後[編集]

11月14日、ホワイトフィッシュ・ポイントから約17マイルの地点において、エドモンド・フィツジェラルド号は沈没した状態で発見された。 その船体はねじれ、2つに割れていた。 乗組員の遺体も一部がここで見つかったが、遺体は引き上げられず、今も湖底に安置されている。

その後[編集]

その後も五大湖での海難事故は続き、1913年11月には計18隻の貨物船が沈没し254名死亡、さらに1940年11月11日から13日にかけて3隻が沈没し18名死亡、1958年11月18日にはミシガン湖でカール・D・ブラッドリー号が沈没し33名が死亡、1966年11月29日にはダニエル・J・モーレル号が沈没し28名が死亡した。

エドモンド・フィッツジェラルド号を題材にした作品[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]