エドウィージ・ダンティカ

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エドウィージ・ダンティカ
Edwidge Danticat
Edwidge Danticat by David Shankbone.jpg
2007年9月
誕生 1969年1月19日(45歳)
ハイチの旗 ハイチポルトープランス
職業 著作家
活動期間 1994年 - 現在
ジャンル 小説、短編
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エドウィージ・ダンティカEdwidge Danticat, 1969年1月19日 - )とはハイチ系アメリカ人の作家である。

略歴[編集]

ダンティカはハイチの首都ポルトープランスで生まれた。彼女が2歳の時、彼女の父アンドレはニューヨークに移住し、2年後に母のローズも後を追った。この時に残されたダンティカと弟のエリアブは叔父と叔母によって育てられた。彼女の公的な教育はハイチにてフランス語で行われたが、彼女は家庭でハイチ語を話した。

12歳の時、彼女はニューヨークのブルックリンに移住し、ハイチ系アメリカ人の隣人の囲まれていた両親と合流した。彼女は10代の時移民したため、エドウィージのアクセントとしつけは彼女を当惑させる要因となったため、彼女は慰みのために文学に向かった。2年後、彼女は英語で書いた初の、"A Haitian-American Christmas: Cremace and Creole Theatre,"を10代が書いた雑誌ニューヨークコネクションズで出版した。彼女は後にニューヨークコネクションズに移民体験についての物語を書いた。

キャリア[編集]

ニューヨーク州ブルックリンClara Barton High Schoolを卒業した後、ダンティカはニューヨーク市Barnard Collegeに入学した。まず、彼女は教師になるために勉強したが、書くことへの愛が勝ち、彼女はフランス文学科に入った。1993年に、彼女は論文"My turn in the fire - an abridged novel",[1]でブラウン大学のCreative WritingにおけるMaster of Fine Artsを取得した。

著作[編集]

書籍[編集]

ダンティカはハイチ革命を描いたアレホ・カルペンティエルの小説『この世の王国』の序文を書いている。

脚註[編集]

外部リンク[編集]