ウラジーミル・セミチャストヌイ

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ウラジーミル・エフィモヴィッチ・セミチャストヌイВладимир Ефимович СемичастныйVladimir Yefimovich Semichastny、またはSemichastnii1924年1月15日 - 2001年1月12日)は、ソビエト連邦政治家。1944年からソ連共産党員。大将。

1941年~1942年、ドニエプロペトロフスク化学技術大学で学ぶ。

フルシチョフ期(1961年)からブレジネフ期(1967年)にかけてソ連国家保安委員会(KGB)議長を務め、フルシチョフ追い落としの宮廷クーデターにおいて多大な役割を果たした。1967年に解任され、ウクライナ共和国閣僚会議議長代理に左遷された。

公職
先代:
アレクサンドル・シェレーピン
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
国家保安委員会議長

第3代:1961 - 1967
次代:
ユーリ・アンドロポフ