アーノルド・ファンク

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アーノルド・ファンク(Arnold Fanck、1889年3月6日 - 1974年9月28日)は、ドイツの映画監督山岳映画のパイオニア。

日本語では名を英語風に「アーノルド」とするのが慣用であるが、ドイツ語の発音に近い「アーノルト」と表記することもある。

人物[編集]

1889年、ドイツのフランケンタールに生まれる。

1940年、ナチスに入る[1]

1974年、フライブルクにて亡くなる。

携わった作品[編集]

  • 新しき土 Die Tochter des Samurai(1937) 脚本・原作・制作総指揮も担当 
  • モンブランの王者 (1934) 脚本も担当  
  • 白銀の乱舞 Der weiße Rausch – neue Wunder des Schneeschuhs(1931) 脚本も担当
  • モンブランの嵐 (1930) 脚本も担当
  • 死の銀嶺 Die weiße Hölle vom Piz Palü(1929)脚本も担当
  • 大いなる跳躍 (1927) 脚本も担当 
  • 聖山 Der heilige Berg (1926) 脚本・原作も担当
  • アルプス征服 (1924) 脚本・撮影も担当 
  • スキーの驚異 (1922) 脚本・撮影・出演も担当

監督のみ[編集]

  • 銀界征服 (1928)

脚本のみ[編集]

  • マッターホーン (1928)

原作のみ[編集]

  • SOS氷山 S.O.S. Eisberg(1933)

脚注[編集]

  1. ^ Dramatische Berge. Der Filmregisseur Dr. Arnold Fanck, by Gunther Haarstark, Frankfurt/M., Magisterarbeit, 1990

関連項目[編集]

外部リンク[編集]