アンリ・プリヴァ=リヴモン

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プリヴァ=リヴモン『アブサン・ロベット』の広告ポスター

アンリ・プリヴァ=リヴモンHenri Privat-Livemont, 1861年10月9日 - 1936年)はベルギー画家。本名はアンリ・プリヴァ・アントワーヌ・テオドール・リヴモン(Henri Privat Antoine Théodore Livemont)で、T・プリヴァ=リヴモンT. Privat-Livemont)とも表記される。アール・ヌーヴォーのポスターで有名。

プリヴァ=リヴモンはブリュッセルのシェールビーク地区(Schaerbeek)の生まれ。ブリュッセルのサン=ジョス=テン=ノード(Saint-Josse-ten-Noode)のアカデミーでLouis Hendrickxについて学んだ(いくつかの受賞もした)後、パリに行き、1883年から1889年まで、Lemaire, Lavastre & Duvignaudのスタジオで修行。Lemaireと共に劇場やパリ市役所の装飾を手掛けた。

象徴主義の画家として、早い時期(1896年)からアール・ヌーヴォーを試みた。多数のポスター(受賞したものも多い)から、「ベルギーのミュシャ」と目された。

後にブリュッセルに戻り、建築家アンリ・ジャコブ(Henri Jacobs)と共同で、ブリュセルの公立・私立の学校のファサードを手掛けた。その中でも l'école Jospahat のズグラッフィートが出色の出来である。

プリヴァ=リヴモンの最初の妻、マドレーヌ・ブラウンとは、パリで知り合い、絵のモデルを勤めた。細長いシルエットの女性がそうである。

プリヴァ=リヴモンの作品は多くが無駄を省かれ洗練されている。

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