アンドレイス・ルビンス
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| 名前 | ||||||
| 本名 | アンドレイス・ルビンス | |||||
| ラテン文字 | Andrejs Rubins | |||||
| 基本情報 | ||||||
| 国籍 | ||||||
| 生年月日 | 1978年11月26日(34歳) | |||||
| 出身地 | ||||||
| 身長 | 174cm | |||||
| 体重 | 70kg | |||||
| 選手情報 | ||||||
| 在籍チーム | ||||||
| ポジション | MF | |||||
| 代表歴2 | ||||||
| 1998-[1] | 117 (9) | |||||
| 2. 2012年8月19日現在。 ■テンプレート(■ノート ■解説)■サッカー選手pj |
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アンドレイス・ルビンス(Andrejs Rubins、1978年11月26日)は、ラトビア、リガ出身で同国代表のサッカー選手。ポジションはMF。
目次 |
来歴 [編集]
クラブ [編集]
1996年、ラトビアリーグの2部に属していたFK Audaでプロキャリアをスタートさせた。翌年はスウェーデンのÖsters IFに移籍。1998年、ヴィルスリーガの強豪スコントFCに移籍し、在籍期間中に67試合に出場し14得点を挙げた。2000年、イングランドのクリスタル・パレスFCに移籍。フットボールリーグカップのレスター・シティ戦(0-3)では27mの距離からシュートを放ち得点を決めた[2]。準決勝の1stレグ、リヴァプールFC戦(2-1)でも得点をしチームの勝利に貢献をしたが、2stレグのアウェーでは5-0で敗れた[3]。リーグ戦では加入1年目にはある程度出場をしたが2、3年目にはサブとして出場をした。2003年、ロシアのFCシンニク・ヤロスラヴリに移籍をし、2005年には強豪のFCスパルタク・モスクワに4年契約で移籍するも、出場は5試合に留まった。現在はアゼルバイジャンのシムルグPFCに所属している。
代表 [編集]
- ラトビア代表 115試合出場(2011年3月26日現在) 1998-
- 2004年 EURO2004 ポルトガル大会(グループリーグ敗退)
所属クラブ [編集]
FK Auda 1996
Östers IF 1997
スコントFC 1998-2000
クリスタル・パレスFC 2000-2003
FCシンニク・ヤロスラヴリ 2003-2004
FCスパルタク・モスクワ 2005
- →
FCシンニク・ヤロスラヴリ 2006 (loan) - →
FKリエパーヤス・メタルルグス 2007(loan)
FCインテル・バクー 2008-2010
FK Qarabağ 2010-2011
シムルグPFC 2011-
脚注 [編集]
- ^ “Andrejs Rubins - Century of International Appearances” (英語). The Rec.Sport.Soccer Statistics Foundation
- ^ Leicester 0-3 Crystal PalaceBBC Sport、2011年9月2日閲覧。
- ^ Palace leave Liverpool red-facedBBC Sport、2011年9月2日閲覧。
外部リンク [編集]
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