アメデーオ2世・ディ・サヴォイア
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アメデーオ2世・ディ・サヴォイア (Amedeo II di Savoia, 1046年 – 1080年1月26日) は、サヴォイア伯、アオスタ伯、モーリエンヌ伯(在位:1078年 - 1080年)。フランス語名アメデ2世・ド・サヴォワ(Amédée II de Savoie)。
経歴 [編集]
アメデーオ2世についてはほとんど後世に資料が残っていないため、確かなことは少ない。わかっているのは兄同様に母の言うがままであったことと、生涯に2度ローマを訪れていることだけである。
婚姻と子孫 [編集]
ジュネーヴ伯の娘ジョヴァンナ・ディ・ジネヴラ (Giovanna di Ginevra) と結婚、以下の子をもうけた。
- ウンベルト - サヴォイア伯、モーリエンヌ伯
- コスタンツァ (Costanza) - モンフェッラート侯オットーネ2世・ディ・モンフェッラート(1084年没)と結婚
- アデライデ (Adelaide, 1090年没) - コリニー家の領主マナセス5世と結婚
- アウクシリア (Auxilia) - 1080年頃 UmbertoII di Beaujeu († 1101) と結婚
- オッドーネ (Oddone)
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