「光触媒」の版間の差分
m URL修正 using AWB |
書誌情報、内容の深い理解につながらない内部リンクを除去。Wikipedia:記事どうしをつなぐ |
||
3行目: | 3行目: | ||
通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を[[常温]]で引き起こしたり、また[[化学物質]]の[[自由エネルギー]]を増加させる反応を起こす場合がある。[[天然]]の光触媒反応として[[光合成]]が挙げられるが、[[人工]]の化学物質を指すことが多い。英語で光触媒の作用は photocatalysis と呼ばれる。 |
通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を[[常温]]で引き起こしたり、また[[化学物質]]の[[自由エネルギー]]を増加させる反応を起こす場合がある。[[天然]]の光触媒反応として[[光合成]]が挙げられるが、[[人工]]の化学物質を指すことが多い。英語で光触媒の作用は photocatalysis と呼ばれる。 |
||
歴史的に光触媒という用語が最初に用いられたのは[[飯盛里安]]の[[フェリシアン化カリウム]]の光反応に関する二つの論文である<ref>[https://doi.org/10.1246/nikkashi1880.36.553 |
歴史的に光触媒という用語が最初に用いられたのは[[飯盛里安]]の[[フェリシアン化カリウム]]の光反応に関する二つの論文である<ref>飯盛里安、「[https://doi.org/10.1246/nikkashi1880.36.553 フェリシアン化カリウムの光反応(第一報)臭素の存在における光分解]」『東京化学会誌』 1915年 36巻 6号 p.553-558, {{doi|10.1246/nikkashi1880.36.553}}</ref><ref>飯盛里安、「[https://doi.org/10.1246/nikkashi1880.36.558 フェリシアン化カリウムの光反応(第二報)光触媒作用(其一)]」 『東京化学会誌』 1915年 36巻 6号 p.558-580, {{doi|10.1246/nikkashi1880.36.558}}</ref>。二つ目の論文で述べられている反応機構は広義の光触媒反応に相当する。 [[大谷文章]]は『光を照射したときに起こる反応において,光を吸収する物質が反応前後で変化しない場合』を広義の光触媒反応と定義している<ref>{{Citation |
||
| author=大谷文章 |
| author=大谷文章 |
||
| year=2005 |
| year=2005 |
||
19行目: | 19行目: | ||
# 強い酸化還元作用 |
# 強い酸化還元作用 |
||
#: 酸化チタンの[[価電子帯]]の[[電子]]が紫外光で[[伝導帯]]に励起されると、その |
#: 酸化チタンの[[価電子帯]]の[[電子]]が紫外光で[[伝導帯]]に励起されると、その電子は比較的還元力の強いものとなる。他方、非常に酸化力の強い[[正孔]]も生成される。従って、酸化チタンに適切な助触媒を組み合わせれば、水を酸素と水素イオンに酸化、また同時に水を水素と水酸化物イオンに還元するほどの[[酸化]][[還元]]能を示す。つまり、水を酸素と水素に分解できる。このため本多・藤嶋の発見以来、工学的な応用として酸化チタンを利用した水から水素を得る研究がなされている。これは、太陽の光エネルギーから[[水素]]という[[クリーンエネルギー]]が生成されることを意味し、夢のエネルギー循環サイクルといわれている。しかし現状では効率が低く(後述)、大規模な製品化には至っていない。 |
||
#: 酸化チタンの応用例として、酸化作用を利用した有害物質の分解などもある。ただし有害物質の処理に関しては、他の処理技術のほうが効率や処理できる量の面で優れている場合が多い。そのため、酸化チタンを用いる手法では、有害物質の処理が光照射だけで済むという特長を生かした応用が行われている。たとえば病院の手術室の壁・床を酸化チタンでコーティングすることで、[[ブラックライト]](紫外光ランプ)を照らすだけの容易な殺菌処理が可能となる。この応用は既に製品化されており、一部の病院で利用されている<ref group="注">[[1億人の大質問!?笑ってコラえて!]]によると、有害物質や病原体の除去への酸化チタンの応用の可能性が、 |
#: 酸化チタンの応用例として、酸化作用を利用した有害物質の分解などもある。ただし有害物質の処理に関しては、他の処理技術のほうが効率や処理できる量の面で優れている場合が多い。そのため、酸化チタンを用いる手法では、有害物質の処理が光照射だけで済むという特長を生かした応用が行われている。たとえば病院の手術室の壁・床を酸化チタンでコーティングすることで、[[ブラックライト]](紫外光ランプ)を照らすだけの容易な殺菌処理が可能となる。この応用は既に製品化されており、一部の病院で利用されている<ref group="注">[[1億人の大質問!?笑ってコラえて!]]によると、有害物質や病原体の除去への酸化チタンの応用の可能性が、東京大学のトイレで捕獲した[[ゴキブリ]]を酸化チタンの溶液に入れて溶かすことで示された</ref>。 |
||
#: また応用として[[色素増感太陽電池]]と呼ばれる[[太陽電池]]も作られている。 |
#: また応用として[[色素増感太陽電池]]と呼ばれる[[太陽電池]]も作られている。 |
||
# 超親水作用 |
# 超親水作用 |
||
32行目: | 32行目: | ||
=== 研究開発の経緯 === |
=== 研究開発の経緯 === |
||
[[藤嶋昭]]は大学院生の頃、コピー機用の新たな感光材料の基礎研究を行っていた。硫酸ナトリウム |
[[藤嶋昭]]は大学院生の頃、コピー機用の新たな感光材料の基礎研究を行っていた。硫酸ナトリウム({{chem|Na|2|SO|4}})水溶液中で[[酸化亜鉛]](ZnO)や[[硫化カドミウム]](CdS)などの酸化物半導体や硫化物半導体を一方の電極とし、もう一方を白金電極とした回路を作製し、そこに光を当てると電流が流れる現象が知られていた。この現象は酸化亜鉛が溶解することで電流が流れるのだろうと予測されていた。他の酸化物半導体ではどうだろうかと考えていた時に、偶然入手できた酸化チタンの単結晶を一方の電極とし、もう一方を白金としてキセノンランプの光を当てる実験を試みた。すると両方の電極から泡が生じており、酸化チタンからは酸素が、白金からは水素が出ていた。その後数日光を当て続けても酸化チタンは一向に溶解していないことが判明し、このときはじめて光によって水を酸素と水素に分解出来ていることが判った<ref>光化学協会編 『光化学の驚異』 講談社ブルーバックス 2006年8月20日第1刷発行 ISBN 4062575272</ref>。 |
||
この実験を元に、 |
この実験を元に、1972年(昭和47年)、東京大学の[[本多健一]]と[[藤嶋昭]]は、酸化チタンを用いた水の光分解に関する論文を[[ネイチャー]]誌に発表した<ref>A. Fujishima, K. Honda, "Electrochemical Photolysis of Water at a Semiconductor Electrode." ''Nature'', '''1972''', ''238'', 37-38 {{DOI|10.1038/238037a0}}</ref>。これは粉末状の酸化チタンを水中に入れ、光<ref group="注">主に近紫外線</ref>を当てると、水素と酸素に分解され、それぞれの気泡が発生するというものだった。この現象は、発見者の名前を取って「[[本多-藤嶋効果]]」と呼ばれる。 |
||
==== 最新の研究成果 ==== |
==== 最新の研究成果 ==== |
||
57行目: | 57行目: | ||
== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
||
* [[TOTO (企業)|TOTO]] - 光触媒技術で |
* [[TOTO (企業)|TOTO]] - 光触媒技術で2006年[[恩賜発明賞]]を受賞 |
||
* [[盛和工業]] - 光触媒技術で2004年度の環境賞(主催:(財)日立環境財団・(株)[[日刊工業新聞]] 後援:[[環境省]])の優良賞を受賞 |
* [[盛和工業]] - 光触媒技術で2004年度の環境賞(主催:(財)日立環境財団・(株)[[日刊工業新聞]] 後援:[[環境省]])の優良賞を受賞 |
||
* [[薄膜]] |
* [[薄膜]] |
2019年6月20日 (木) 02:28時点における版
光触媒(ひかりしょくばい、英: photocatalyst)は、光を照射することにより触媒作用を示す物質の総称である。また、光触媒作用は光化学反応の一種と定義される。
通常の触媒プロセスでは困難な化学反応を常温で引き起こしたり、また化学物質の自由エネルギーを増加させる反応を起こす場合がある。天然の光触媒反応として光合成が挙げられるが、人工の化学物質を指すことが多い。英語で光触媒の作用は photocatalysis と呼ばれる。
歴史的に光触媒という用語が最初に用いられたのは飯盛里安のフェリシアン化カリウムの光反応に関する二つの論文である[1][2]。二つ目の論文で述べられている反応機構は広義の光触媒反応に相当する。 大谷文章は『光を照射したときに起こる反応において,光を吸収する物質が反応前後で変化しない場合』を広義の光触媒反応と定義している[3]。
酸化チタン
代表的な光触媒活性物質として、酸化チタン (TiO2) が知られている。現在、実用化されている光触媒はこれと酸化タングステン[4]だけである。
性質
酸化チタン光触媒は紫外光を吸収したとき、大きく分けて2つの機能を発現する。
- 強い酸化還元作用
- 酸化チタンの価電子帯の電子が紫外光で伝導帯に励起されると、その電子は比較的還元力の強いものとなる。他方、非常に酸化力の強い正孔も生成される。従って、酸化チタンに適切な助触媒を組み合わせれば、水を酸素と水素イオンに酸化、また同時に水を水素と水酸化物イオンに還元するほどの酸化還元能を示す。つまり、水を酸素と水素に分解できる。このため本多・藤嶋の発見以来、工学的な応用として酸化チタンを利用した水から水素を得る研究がなされている。これは、太陽の光エネルギーから水素というクリーンエネルギーが生成されることを意味し、夢のエネルギー循環サイクルといわれている。しかし現状では効率が低く(後述)、大規模な製品化には至っていない。
- 酸化チタンの応用例として、酸化作用を利用した有害物質の分解などもある。ただし有害物質の処理に関しては、他の処理技術のほうが効率や処理できる量の面で優れている場合が多い。そのため、酸化チタンを用いる手法では、有害物質の処理が光照射だけで済むという特長を生かした応用が行われている。たとえば病院の手術室の壁・床を酸化チタンでコーティングすることで、ブラックライト(紫外光ランプ)を照らすだけの容易な殺菌処理が可能となる。この応用は既に製品化されており、一部の病院で利用されている[注 1]。
- また応用として色素増感太陽電池と呼ばれる太陽電池も作られている。
- 超親水作用
機構
酸化チタンに似た電子構造[注 3]を持つ物質が他にも数多く存在するなかで、なぜ酸化チタンに顕著な光触媒活性が見られるかは未知の部分が多く、この解明に向けて多くの研究が行われている。特に表面活性種としてのスーパーオキシドアニオン・ヒドロキシルラジカルの関与、表面酸素欠陥の役割などが議論されている。しかし、いずれも断片的な実験事実からの推測の域を得ず、いまだに統一的なシナリオは描かれていない。超親水作用についても、酸化チタンの酸化作用によって表面に吸着した疎水性有機物が分解された影響なのか、それとも酸化チタン表面自体に何らかの化学変化が起こっているのか、研究者の見解は分かれたままである。
課題と展望
純粋な酸化チタンは無色透明な粉末であり、ルチル型二酸化チタンの場合吸収する光の波長のピークは380 nm以下の紫外領域にある。そのため太陽光や白熱灯・蛍光灯など通常の生活空間における光源では、そのごく一部しか光触媒反応に寄与していない。しかしこれは酸化チタンが可視光を吸収するようにすれば[注 4]、飛躍的に性能向上が期待できることも意味している。可視光応答化の技法の代表的なものは、少量の不純物を加えるもので、ドープ(ドーピング)と呼ばれる。さまざまな物質がこれまでにドープされている。その中には可視光での光触媒活性を持つものも報告されている。しかし同じ物質のドーピングでも生成手法によって特性が大きく変化するなど、その機構は不明な点が多い。
研究開発の経緯
藤嶋昭は大学院生の頃、コピー機用の新たな感光材料の基礎研究を行っていた。硫酸ナトリウム(Na2SO4)水溶液中で酸化亜鉛(ZnO)や硫化カドミウム(CdS)などの酸化物半導体や硫化物半導体を一方の電極とし、もう一方を白金電極とした回路を作製し、そこに光を当てると電流が流れる現象が知られていた。この現象は酸化亜鉛が溶解することで電流が流れるのだろうと予測されていた。他の酸化物半導体ではどうだろうかと考えていた時に、偶然入手できた酸化チタンの単結晶を一方の電極とし、もう一方を白金としてキセノンランプの光を当てる実験を試みた。すると両方の電極から泡が生じており、酸化チタンからは酸素が、白金からは水素が出ていた。その後数日光を当て続けても酸化チタンは一向に溶解していないことが判明し、このときはじめて光によって水を酸素と水素に分解出来ていることが判った[5]。
この実験を元に、1972年(昭和47年)、東京大学の本多健一と藤嶋昭は、酸化チタンを用いた水の光分解に関する論文をネイチャー誌に発表した[6]。これは粉末状の酸化チタンを水中に入れ、光[注 5]を当てると、水素と酸素に分解され、それぞれの気泡が発生するというものだった。この現象は、発見者の名前を取って「本多-藤嶋効果」と呼ばれる。
最新の研究成果
- 光触媒効果に用いる光の波長
- 現在は、酸化チタンに窒素などをドープしたり異種金属をイオン注入することにより紫外線だけでなく、400-600nmの可視光で作用する光触媒が開発されている。可視光が使えることで、応用範囲が広がると期待できる。
- (参考)紫外線は波長380nm以下。可視光は波長380-780nm(紫~青色:380-490nm、緑-黄色:490-600nm、橙-赤色:600-780nm)。400-600nmは紫色-橙色の可視光に相当する。
- 光触媒のバインダー
- 光触媒のバインダーとしては有機のもの以外に、無機のものも開発されており、水性のものも開発されている。
応用事例1 :光触媒ガラス
光触媒機能を外面に付加した(光超親水化機能)極めて汚れにくいセルフクリーニングガラス。降雨への暴露や外(そと)水道などを用いた散水を行うと、ただちにワイパーをかけるだけで洗剤を使うことなく、ガラス表面の汚れを簡単に落とすことができる。水が全面に行きわたり(弾かず馴染んで)、散水後に水滴を残しにくいので、窓ガラスの塩害に悩む海辺の建物の窓にも向く。散水だけで洗剤を必要としないので環境にも優しい[7]。水の接触角がほぼ0°の時に散水すると虹色現象が観測できる。
応用事例2 :光触媒エアフィルター
エアコンのフィルターに光触媒をつけて光を照射することにより自動的にフィルターのほこりの汚れを落とす製品が開発されている。
脚注
注釈
出典
- ^ 飯盛里安、「フェリシアン化カリウムの光反応(第一報)臭素の存在における光分解」『東京化学会誌』 1915年 36巻 6号 p.553-558, doi:10.1246/nikkashi1880.36.553
- ^ 飯盛里安、「フェリシアン化カリウムの光反応(第二報)光触媒作用(其一)」 『東京化学会誌』 1915年 36巻 6号 p.558-580, doi:10.1246/nikkashi1880.36.558
- ^ 大谷文章 (2005), 光触媒標準研究法, 東京図書, ISBN 4-489-00697-7
- ^ “東芝 ルネキャット:メカニズム” (日本語). 東芝. 2016年6月6日閲覧。 “ルネキャットの最大の特徴は、室内などの低照度環境でも高い光触媒効果を発揮する、酸化タングステンを使用していることです。太陽光はもちろん、室内光のわずかな光でも除菌や消臭を実現します。”
- ^ 光化学協会編 『光化学の驚異』 講談社ブルーバックス 2006年8月20日第1刷発行 ISBN 4062575272
- ^ A. Fujishima, K. Honda, "Electrochemical Photolysis of Water at a Semiconductor Electrode." Nature, 1972, 238, 37-38 doi:10.1038/238037a0
- ^ 安崎利明「汚れない窓ガラス」『表面科学』第26巻第11号、日本表面科学会、2005年11月10日、700-703頁、doi:10.1380/jsssj.26.700、NAID 10016762657。