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ホスファチジルエタノールアミンであるプラスミノーゲンの一例であり、特徴的なsn-1位のビニール・エーテル結合とsn-2位エステル結合を有する

プラズマローゲン はエーテルリン脂質の一種であり、 sn-1位のビニール・エーテル結合とsn-2位のエステル結合を特徴とする。[1][2][3] 哺乳動物において、sn-1位はC16:0、C18:0、またはC18:1 脂肪族アルコールに由来するのが典型的である一方、sn-2位は多価不飽和脂肪酸(PUFA) に占拠されることがごく一般的である。哺乳動物プラズマローゲンに存在する最も一般的な先端基はエタノールアミン(plasmenylethalomines と呼称)または コリン(plasmenylcholines と呼称)である。

機能

プラズマローゲンは多くのヒト組織で検出されるが、特に神経系、免疫系、循環器系には豊富に存在する。 ヒトの心組織においては、コリングリセロリン脂質の30-40%近くがプラズマローゲンである。それ以上に驚くべき事実として、成人脳内のグリセロリン脂質のほぼ30%、およびミエリン鞘のエタノールアミングリセロリン脂質の最大70%がプラスミノーゲンである。[4]

プラズマローゲンの機能は未だ完全には解明されていないが、哺乳動物細胞を反応性酸素種による傷害効果から保護することが示されている。 そのうえ、プラズマローゲンはシグナル分子かつ細胞膜動態の修飾因子であることが示唆されている。

歴史

プラズマローゲンはFeulgenとVoitにより、1924年に組織切片の研究に基いて初めて記述された。 二人は核染色法の一部としてこれらの組織切片を酸または塩化水銀で処理した。これは結果としてプラズマローゲンのビニール・エーテル結合の破壊とアルデヒドの産生を起こした。それに続き、後者はこの核染色法に用いられていたフクシン亜硫酸染料と反応し、細胞質内に有色化合物を生じた。これら有色化合物が"プラズマ(細胞質)"に存在したことに基づき、プラズマローゲンと命名された。

生合成

ファイル:Plasmalogen-Biosynthesis.jpg
プラズマローゲンの生合成

プラズマローゲンの生合成は、ペルオキシソーム マトリクス酵素であるGNPAT (ジヒドロキシアセトンリン酸アシルトランスフェラーゼ)とAGPS (アルキル-ジヒドロキシアセトンリン酸合成酵素)との結合により開始される。[5] これら二つの酵素は物理的に相互作用し効率を高めることができる。 そのため、 AGPS活性を欠いた線維芽細胞はGNPAT量・活性の低下を示す。[6][7]

生合成の最初のステップはGNPATにより触媒される。 この酵素はジヒドロキシアセトンリン酸(DHAP)をsn-1位においてアシル化する。これに続いて、AGPSによるアシル基のアルキル基への置換が起こる。[8] 1-アルキル-DHAPはその後、ペルオキシソームと小胞体に局在するアシル/アルキル-DHAP還元酵素によって、1-O-アルキル-2-ヒドロキシ-sn-ジヒドロキシアセトンリン酸(GPA)へと還元される。[9] その他の全ての修飾は小胞体内で起こる。そこではアシル基がアルキル/アシルGPA アセチルトランスフェラーゼによりsn-2位に置かれ、リン酸基がホスファチジン酸フォスファターゼにより除去されて1-O-アルキル-2-アシル-sn-グリセロールを形成する。

CDP-エタノールアミンを利用し、 ホスホトランスフェラーゼは1-O-アルキル-2-アシル-sn-GPEtnを形成する。プラスメニルエタノールアミンデサチュラーゼによるアルキル基の1-および2-位における脱水素の後、プラズマローゲンのビニール・エーテル結合が最終的に形成される。コリンホスホトランスフェラーゼにより1-O-アルキル-2-アシル-sn-グリセロールからプラスメニルコリンが形成される。プラスメニルコリンのデサチュラーゼは存在しないため、プラスマローゲンの形成はエタノールアミン PLsの1-O-(1Z-アルケニル)-2-アシル-sn-グリセロールへの加水分解の後はじめておこるが、これはコリンホスホトランスフェラーゼとCDPコリンにより修飾されうる。[10][11]

病理学

ペルオキシソーム形成異常症は常染色体劣性遺伝性疾患であり、しばしばプラズマローゲン生合成の障害により特徴づけられる。それらのケースでは、ペルオキシソーム酵素であるGNPAT(プラズマローゲン生合成の初期段階で必要とされる)が細胞質に誤って局在するが、GNPATは細胞質では非活性である。さらに、GNPATまたはAGPS 遺伝子の遺伝子変異はプラズマローゲン欠乏症を来たし、それぞれ斑状軟骨異形成症(RCDP)2型または3型に至る。[12] RCDP 2型または3型の発症には、GNPATまたは AGPS 遺伝子において対立遺伝子の双方に変異が入ることが必要である。 ペルオキシソーム形成異常症とは異なり、RCDP 2型・3型の患者におけるペルオキシソーム形成上の他の過程は正常に機能するが、これは超長鎖脂肪酸の代謝能が保たれるからである。重症プラズマローゲン欠乏症の患者は高頻度で神経系発達異常、骨格形成異常、呼吸機能障害、 および白内障を呈する。 [13] プラズマローゲンノックアウトマウス精子形成異常、白内障発症、および中枢神経系における髄鞘形成不全など類似した変化を示す。[14][15]

炎症における役割

炎症においては,、好中球由来ミエロペルオキシダーゼ次亜塩素酸(HOCl)を産生する。次亜塩素酸はプラズマローゲンのsn-1位において、ビニール・エーテル結合と反応することにより酸化的塩素化を生じる。[16] 何人かの研究者が現在、塩素化脂質が病態に与える影響を調べている。

関連する可能性のある疾患

脳組織プラズマローゲン量の減少がアルツハイマー病[17][18][19][20] X連鎖副腎白質ジストロフィー[21][22] およびダウン症候群[23]と関連することが報告されている。ツェルベーガー症候群および斑状軟骨異形成症1型においてはプラズマローゲン合成がほとんどみられない。

プラズマローゲンと発生

哺乳動物に加え、プラズマローゲンは無脊椎動物および単細胞原生動物においてもみられる。細菌においても、プラズマローゲンはクロストリジウム, メガスファエラ、および ベイロネラを含む多くの嫌気性菌にてみつかっている。プラズマローゲンは複雑な進化の歴史を経ていることが示されているが、それはプラズマローゲン生合成過程が好気性生物と嫌気性生物で異なる事実に基いている。[24]

近年の研究により、ヒトと大型類人猿(チンパンジーボノボゴリラ、およびオランウータン)との間で赤血球のプラズマローゲン組成に違いがあることが示された。 ヒトにおける赤血球中総プラズマローゲン量はボノボ、チンパンジー、ゴリラよりも低かったがオランウータンより高かった。本研究におけるこれら種族の遺伝子発現データより、著者らは赤血球以外の細胞組織においてもヒトと大型類人猿との間にプラズマローゲン量が違う可能性を考えた。その可能性は現段階では未知であるが、組織プラズマローゲンの種間差が臓器機能と複数の生物学的過程に影響するかもしれない。

参考文献

  1. ^ Nagan, N. (2001). “Plasmalogens: Biosynthesis and functions”. Progress in Lipid Research 40 (3): 199–229. doi:10.1016/S0163-7827(01)00003-0. PMID 11275267. 
  2. ^ Gorgas, K. (2006). “The ether lipid-deficient mouse: Tracking down plasmalogen functions”. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Molecular Cell Research 1763 (12): 1511–1526. doi:10.1016/j.bbamcr.2006.08.038. PMID 17027098. 
  3. ^ Moser, A. B. (2011). “Human and great ape red blood cells differ in plasmalogen levels and composition”. Lipids in Health and Disease 10: 101. doi:10.1186/1476-511X-10-101. PMC 3129581. PMID 21679470. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC3129581/. 
  4. ^ Farooqui, A. A. (2001). “Plasmalogens: Workhorse lipids of membranes in normal and injured neurons and glia”. The Neuroscientist : a review journal bringing neurobiology, neurology and psychiatry 7 (3): 232–245. doi:10.1177/107385840100700308. PMID 11499402. 
  5. ^ P. Brites, H.R. Waterham, R.J. Wanders, Functions and biosynthesis of plasmalogens in health and disease, Biochim.
  6. ^ J. Biermann, W.W. Just, R.J. Wanders, H. Van Den Bosch, Alkyl-dihydroxyacetone phosphate synthase and dihydroxyacetone phosphate acyltransferase form a protein complex in peroxisomes, Eur.
  7. ^ D. Hardeman, H. van den Bosch, Topography of ether phospholipid biosynthesis, Biochim.
  8. ^ A.J. Brown, F. Snyder, Alkyldihydroxyacetone-P synthase.
  9. ^ P.F. James, A.C. Lake, A.K. Hajra, L.K. Larkins, M. Robinson, F.G. Buchanan, R.A Zoeller, An animal cell mutant with a deficiency in acyl/alkyl-dihydroxyace- tone-phosphate reductase activity.
  10. ^ T.C. Lee, Biosynthesis and possible biological functions of plasmalogens, Biochim.
  11. ^ N.E. Braverman, A.B. Moser, Functions of plasmalogen lipids in health and disease, Biochim.
  12. ^ Wanders, R. (2006). “Peroxisomal disorders: the single peroxisomal enzyme deficiencies”. Biochimica et Biophysica Acta (BBA) - Molecular Cell Research 1763: 1707–20. doi:10.1016/j.bbamcr.2006.08.010. PMID 17055078. 
  13. ^ Rhizomelic Chondrodysplasia Punctata Type 1.
  14. ^ Gorgas K, Teigler A, Komljenovic D, Just WW.
  15. ^ Rodemer C, Thai TP, Brugger B, Kaercher T, Werner H, Nave KA, Wieland F, Gorgas K, Just WW.
  16. ^ Albert, Carolyn J. (2001-06-29). “Reactive Chlorinating Species Produced by Myeloperoxidase Target the Vinyl Ether Bond of Plasmalogens IDENTIFICATION OF 2-CHLOROHEXADECANAL” (英語). Journal of Biological Chemistry 276 (26): 23733–23741. doi:10.1074/jbc.M101447200. ISSN 0021-9258. PMID 11301330. http://www.jbc.org/content/276/26/23733. 
  17. ^ Grimm, M. O. W. (2011). “Plasmalogen synthesis is regulated via alkyl-dihydroxyacetonephosphate-synthase by amyloid precursor protein processing and is affected in Alzheimer's disease”. Journal of Neurochemistry 116 (5): 916–925. doi:10.1111/j.1471-4159.2010.07070.x. PMID 21214572. 
  18. ^ Han, X. (2001). “Plasmalogen deficiency in early Alzheimer's disease subjects and in animal models: Molecular characterization using electrospray ionization mass spectrometry”. Journal of Neurochemistry 77 (4): 1168–1180. doi:10.1046/j.1471-4159.2001.00332.x. PMID 11359882. 
  19. ^ Farooqui, A. A. (1997). “Membrane phospholipid alterations in Alzheimer's disease: Deficiency of ethanolamine plasmalogens”. Neurochemical research 22 (4): 523–527. doi:10.1023/A:1027380331807. PMID 9130265. 
  20. ^ Ginsberg, L. (1995). “Disease and anatomic specificity of ethanolamine plasmalogen deficiency in Alzheimer's disease brain”. Brain Research 698 (1–2): 223–226. doi:10.1016/0006-8993(95)00931-F. PMID 8581486. 
  21. ^ Khan, M. (2008). “Plasmalogen deficiency in cerebral adrenoleukodystrophy and its modulation by lovastatin”. Journal of Neurochemistry 106 (4): –––. doi:10.1111/j.1471-4159.2008.05513.x. PMC 2575097. PMID 18540993. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC2575097/. 
  22. ^ Brites, P. (2008). “Plasmalogens participate in very-long-chain fatty acid-induced pathology”. Brain 132 (2): 482–492. doi:10.1093/brain/awn295. PMID 19022859. 
  23. ^ Murphy, E. J. (2000). “Phospholipid composition and levels are altered in Down syndrome brain”. Brain Research 867 (1–2): 9–18. doi:10.1016/S0006-8993(00)02205-8. PMID 10837793. 
  24. ^ Goldfine, H. (2010). “The appearance, disappearance and reappearance of plasmalogens in evolution”. Progress in Lipid Research 49 (4): 493–498. doi:10.1016/j.plipres.2010.07.003. PMID 20637230. 

外部リンク