「ベロ毒素」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Takuma-sa (会話 | 投稿記録)
m +cat.
+画像。歴史ほか
1行目: 1行目:
[[image:2ga4 cbc600.png|thumb|250px|Stx2 のモデル図]]
{{出典の明記|date=2009年10月}}
'''ベロ毒素'''(ベロどくそ、verotoxin)とは、[[腸管出血性大腸菌]]('''EHEC''', enterohaemorrhagic ''E. coli'')が産生し、菌体外に[[分泌]]する[[毒素]][[タンパク質]]([[外毒素]])である。一部の[[赤痢菌]](志賀赤痢菌、''S. dysenteria'' 1)が産生する志賀毒素(しがどくそ、シガトキシン)と同一のものであり、'''志賀様毒素'''(しがようどくそ、shiga-like toxin)とも呼ばれる。[[真核細胞]]の[[リボソーム]]に作用して、タンパク質合成を阻害する働きを持つ。腸管出血性大腸菌や赤痢菌の[[感染]]時に見られる出血性の[[下痢]]、[[溶血性尿毒症症候群]](HUS)、急性脳症などのさまざまな病態の直接の原因となる病原因子である。
'''ベロ毒素'''(ベロどくそ、verotoxin)とは、一部の[[腸管出血性大腸菌]]('''EHEC''', enterohaemorrhagic ''E. coli'')が産生し、菌体外に[[分泌]]する[[毒素]][[タンパク質]]([[外毒素]])で、VT (= '''V'''ero cell '''T'''oxin) の省略形。一部の[[赤痢菌]](志賀赤痢菌、''S. dysenteria'' 1)が産生する志賀毒素(しがどくそ、シガトキシン)と同一のものであり、'''志賀様毒素'''(しがようどくそ、shiga-like toxin)とも呼ばれる。[[真核細胞]]の[[リボソーム]]に作用して、タンパク質合成を阻害する働きを持つ。影響を強く受ける臓器は[[大腸]]、[[]]、[[腎臓]]で、出血性の[[下痢]]、急性脳症、[[溶血性尿毒症症候群]](HUS)などのさまざまな病態の直接の原因となる病原因子である。なお、[[シガテラ]]食中毒の原因物質のひとつである[[シガトキシン]] (ciguatoxin) とは別の物質である。


==概要==
== 解説 ==
=== 由来 ===
ベロ毒素は、病原性[[大腸菌]]の一グループである腸管出血性大腸菌 (EHEC) が産生する毒素である。EHECの病原因子を探索する過程で[[ベロ細胞]](Vero細胞、[[アフリカミドリザル]]の[[腎臓]][[上皮]]由来の動物[[培養細胞]]の一種で、感染実験や毒性実験などに汎用される)に対して致死性の[[細胞毒性]]を持つものとして発見された<ref>Konowalchuk, J.、Speirs, J. I.、Stavric, S.、1977年12月「[http://iai.asm.org/cgi/content/abstract/18/3/775 Vero response to a cytotoxin of Escherichia coli]」『Infection and Immunity』(American Society for Microbiology)18巻3号 775~779ページ、2011年1月9日閲覧。</ref>ことからその名がついた。EHECが細胞内で産生し、菌体外に分泌するタンパク質性の外毒素であり、互いによく似た構造を持つベロ毒素1(VT1)とベロ毒素2(VT2)の2つが知られている。ベロ毒素1は、すでに志賀赤痢菌が産生する毒素として知られていた'''志賀毒素'''と同一であったことが後に判明した。ベロ毒素2は、ベロ毒素1と生物学的症状が似ているが、免疫学的性状、物理化学的性状が異なる。<ref>日本薬学会、2006年6月22日「[http://www.pharm.or.jp/dictionary/wiki.cgi?%E3%83%99%E3%83%AD%E6%AF%92%E7%B4%A0%E3%81%A8%E5%BF%97%E8%B3%80%E6%AF%92%E7%B4%A0 ベロ毒素と志賀毒素]」『薬学用語解説』2011年1月9日閲覧。</ref><ref>大宅辰夫、2006年7月27日「[http://www.sat.affrc.go.jp/joseki/O157/O157_REVIEW.htm 腸管出血性大腸菌O157と家畜衛生]」『研究トピック・ミニセミナー』農業・食品産業技術総合研究機構 動物衛生研究所九州支所、2011年1月9日閲覧。</ref>
EHECの病原因子を探索する過程で不死化細胞の[[ベロ細胞]](Vero細胞、[[アフリカミドリザル]]の[[腎臓]][[上皮]]由来の動物[[培養細胞]]の一種で、経代培養でも老化しないので化感染実験や毒性実験などに汎用される)に対して致死性の[[細胞毒性]]を持つものとして発見された<ref name=Konowalchuk>{cite journal |author1=Konowalchuk J |author2=Speirs J |author3=Stavric S |title=Vero response to a cytotoxin of Escherichia coli |journal=Infect. Immun. |volume=18 |issue=3 |pages=775–9 |year=1977 |pmid=338490 |pmc=421302}}</ref>ことから命名された。


=== 性質 ===
ベロ毒素は、毒素としての活性を持つAサブユニット(Activeサブユニット)1個と、細胞との結合活性を持つBサブユニット(Bindingサブユニット)5個から構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である。Bサブユニットによって宿主の細胞に結合した後、Aサブユニットが細胞質内に輸送され、このAサブユニットが真核生物のリボソームに結合してタンパク質合成を不可逆的に阻害する。この作用によってタンパク質の合成が出来なくなった細胞は死に至り、さまざまな組織で組織傷害を生じる。<!--同様の作用を持つリボトキシンのうち、リシンの作用機序においては1987年に遠藤弥重太教授、ならびにシカゴ大学の研究グループによって解明されている。-->
[[File:Shiga toxin type 2 (Stx2) from Escherichia coli O157-H7 PDB 1r4p.png|thumb|VT2(Stx2)のリボンモデル]]
EHECが細胞内で産生し、菌体外に分泌するタンパク質性の外毒素であり、互いによく似た構造を持つベロ毒素1(VT1)とベロ毒素2(VT2)の2つが知られている。毒素が産生される時期と菌体外への分泌タイミングが異なっている。
* ベロ毒素1(Stx1) - すでに志賀赤痢菌が産生する毒素として知られていた'''志賀毒素'''と同一であったことが後に判明した。
: ベロ毒素1は、毒素としての活性を持つ 315残基のアミノ酸からなる1分子のAサブユニット(Activeサブユニットと、細胞との結合活性を持つ 89残基のアミノ酸からなる5分の子Bサブユニット(Bindingサブユニットから構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である。Bサブユニットによって宿主の細胞に結合した後、Aサブユニットが細胞質内に輸送され、このAサブユニットが真核生物のリボソームに結合してタンパク質合成を不可逆的に阻害する。この作用によってタンパク質の合成が出来なくなった細胞は死に至り、さまざまな組織で組織傷害を生じる。
* ベロ毒素2(Stx2) - ベロ毒素1と生物学的症状が似ているが、免疫学的性状、物理化学的性状が異なる。重症化に影響を与えている<ref name=jsb.65.297 />。
: ベロ毒素2は、毒素としての活性を持つ 319残基のアミノ酸からなる1分子のAサブユニット(Activeサブユニット)と、細胞との結合活性を持つ 89残基のアミノ酸からなる5分の子Bサブユニット(Bindingサブユニット)から構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である。


=== 細菌学的知見 ===
EHECのベロ毒素と赤痢菌の志賀毒素は、どちらもこれらの菌の染色体上に組み込まれた[[ファージ]]上の遺伝子にコードされていることから、EHECと赤痢菌との間でファージを介して伝達された可能性が高いと考えられている。<ref>[http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19412337 Asadulghani M et al. (2009) The defective prophage pool of Escherichia coli O157: prophage-prophage interactions potentiate horizontal transfer of virulence determinants.]</ref>
もともと毒素産生能を有していなかった大腸菌や赤痢菌がベロ毒素の産生能力を獲得したのは、細菌が[[薬剤耐性]]を獲得するのと同一の「水平伝播」と云うメカニズムによって行われたとされる<ref name=kagakutoseibutsu1962.38.83>牧野耕三、品川日出夫、「[https://www.jstage.jst.go.jp/article/kagakutoseibutsu1962/38/2/38_2_83/_article/-char/ja/ 遺伝子の再編成と水平伝播による細菌の病原性獲得]」化学と生物 Vol.38 (2000) No.2 P 83-92, {{DOI|10.1271/kagakutoseibutsu1962.38.83}}</ref>。これは、ベロ毒素に関連する遺伝情報が[[ファージ]]上の遺伝子に組み込まれていることから、EHECは赤痢菌からはファージを介して伝達された可能性が高いと考えられている<ref name=jsb.65.297>清水健、「[https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsb/65/2/65_2_297/_article/-char/ja/ 腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素の発現様式と菌体外への放出機構 -志賀毒素転換ファージの構造と機能からの考察-] 日本細菌学雑誌 Vol.65 (2010) No.2 P.297-308, {{DOI|10.3412/jsb.65.297}}</ref><ref name=kagakutoseibutsu1962.38.83 />。


== ペロ毒素に関わる歴史 ==
==作用メカニズム==
* 1977年 Konowalchuk らが、ある種の大腸菌がベロ細胞に対して毒性の高い実態が不明の毒素を産生していることを報告。始めて Vero cell cytotoxin(VT)と命名<ref name=Konowalchuk />。
* 1983年 O'Brien らは、VT が志賀赤痢菌の産生する志賀毒素と免疫学的に共通性があることを報告し、志賀毒素様毒素(Shiga-like toxin, SLT)と呼んだ<ref>O'Brien, A.O., Lively, T.A., Chen, M.E., Rothman, S.W., Formal, S.B. (1983): Escherichia coli O157:H7 strains associated with haemorrhagic colitis in the United States produce a Shigella dysenteriae 1 (SHIGA) like cytotoxin. Lancet 1, 702.</ref>。同時期に Scotlandらは、VT遺伝子がバクテリオファージによって水平伝達されることを示唆した<ref>Scotland, S.M., Smith, H.R., Willshaw, G.A., Rowe, B. (1983): Vero cytotoxin production in strain of Escherichia coli is determined by genes carried on bacteriophage. Lancet 2, 216., {{DOI|10.1016/S0140-6736(02)93043-6}}</ref>。
* 1985年 Scotlandら は,VTには志賀赤痢菌の産生する志賀毒素に対する抗体によって中和されないものもあることを示した。志賀毒素と免疫学的に同一なものをVT1、免疫学的に異なるものをVT2と呼んだ<ref>Scotland, S.M., Smith, H.R., Willshaw, G.A., Rowe, B. (1983): Vero cytotoxin production in strain of Escherichia coli is determined by genes carried on bacteriophage. Lancet 2, 216., {{DOI|10.1016/S0140-6736(02)93043-6}}</ref>。
* 1997年 米国のBaltimoreで行われた3rd International Symposiumand Workshop on Shiga toxin (Verocytotoxin)-Producing Escherichia coli Infections (VTEC '97)において志賀赤痢菌の産生する毒素を志賀毒素(Stx)、EHEC の産生する毒素を志賀毒素1(Stx1)と志賀毒素2(Stx2)とすることが提唱され、名称を統一化<ref name=jsb.65.297 />。

== 作用メカニズム ==
[[画像:Verotoxin_diagram_ja.png|thumb|right|300px|'''ベロ毒素の作用メカニズム'''<br/>(1) 正常な細胞のタンパク合成。(2) ベロ毒素によるタンパク質合成阻害。詳細は本文を参照]]
[[画像:Verotoxin_diagram_ja.png|thumb|right|300px|'''ベロ毒素の作用メカニズム'''<br/>(1) 正常な細胞のタンパク合成。(2) ベロ毒素によるタンパク質合成阻害。詳細は本文を参照]]


正常な細胞では、[[デオキシリボ核酸|DNA]]から[[転写_(生物学)|転写]]された[[伝令RNA|mRNA]]は、[[リボソーム]]において読み取られ、アミノ酸が結合した[[tRNA]](アミノアシルtRNA)の働きによって、mRNAの配列に応じてアミノ酸の鎖が伸長していき、[[ペプチド]]から[[蛋白質|タンパク質]]に[[翻訳_(生物学)|翻訳]]される。
正常な細胞では、[[デオキシリボ核酸|DNA]]から[[転写_(生物学)|転写]]された[[伝令RNA|mRNA]]は、[[リボソーム]]において読み取られ、アミノ酸が結合した[[tRNA]](アミノアシルtRNA)の働きによって、mRNAの配列に応じてアミノ酸の鎖が伸長していき、[[ペプチド]]から[[蛋白質|タンパク質]]に[[翻訳_(生物学)|翻訳]]される。


EHECから分泌されたベロ毒素は、5つのBサブユニットによって、宿主細胞の[[細胞膜]]にある[[ガングリオシド]]の一つであるGb3(Gal-Gal-Glc-セラミド)に結合し、[[エンドサイトーシス]]によって細胞内に取り込まれた後、Aサブユニットだけが細胞質に入り込む。Aサブユニットは、真核細胞のリボソームに含まれる28SリボソームRNAのうち、4324番目の[[アデノシン]]に作用して、その糖鎖を切断し[[アデニン]]を切り出す活性(N-グリコシダーゼ活性)を持つ。わずか1[[核酸塩基|塩基]]の変化であるが、28SリボソームRNAのこの領域はリボソームにとって重要な領域であり、この1塩基の変化で、新しいアミノアシルtRNAがリボソームに結合できなくなる。このため、タンパク質の伸長ができなくなってタンパク質合成が阻害され、最終的に細胞は死滅する。
EHECから分泌されたベロ毒素は、5つのBサブユニットによって、宿主細胞の[[細胞膜]]にある[[ガングリオシド]]の一つであるGb3(Gal-Gal-Glc-セラミド)に結合し、[[エンドサイトーシス]]によって細胞内に取り込まれた後、Aサブユニットだけが細胞質に入り込む。Aサブユニットは、真核細胞のリボソームに含まれる28SリボソームRNAのうち、4324番目の[[アデノシン]]に作用して、その糖鎖を切断し[[アデニン]]を切り出す活性(N-グリコシダーゼ活性)を持つ。わずか1[[核酸塩基|塩基]]の変化であるが、28SリボソームRNAのこの領域はリボソームにとって重要な領域であり、この1塩基の変化で、新しいアミノアシルtRNAがリボソームに結合できなくなる。このため、タンパク質の伸長ができなくなってタンパク質合成が阻害され、最終的に細胞は[[アポトーシス]]を誘導<ref>
藤井潤、「【細菌タンパク毒素の新たな理解へ向けて】 ベロ毒素に関する新たな知見」化学療法の領域. 25, (5), pp. 755-764, 2009-04. (株)医薬ジャーナル社, ISBN 978-4-7532-8029-2</ref>され死滅する。


このベロ毒素の作用は、[[ヒマ]]種子に含まれる猛毒の植物タンパク質として知られる[[リシン_(毒物)|リシン]]と共通するものである。リシンの活性サブユニットもまたN-グリコシダーゼ活性によって28SリボソームRNAの4324番目のアデニン切断によるタンパク質合成阻害を行うが、リシンの場合はA1B5からなるベロ毒素と異なり、1つの活性サブユニット鎖と[[ジスルフィド結合]]した1つの結合サブユニット鎖から構成されており、細胞内に輸送される過程がベロ毒素とは異なる。
このベロ毒素の作用は、[[ヒマ]]種子に含まれる猛毒の植物タンパク質として知られる[[リシン_(毒物)|リシン]]と共通するものである。リシンの活性サブユニットもまたN-グリコシダーゼ活性によって28SリボソームRNAの4324番目のアデニン切断によるタンパク質合成阻害を行うが、リシンの場合はA1B5からなるベロ毒素と異なり、1つの活性サブユニット鎖と[[ジスルフィド結合]]した1つの結合サブユニット鎖から構成されており、細胞内に輸送される過程がベロ毒素とは異なる。


==ヒトに対する毒性==
== ヒトに対する毒性 ==
EHECや赤痢菌が主に腸内で産生したベロ毒素は腸管上皮細胞に作用して出血性の下痢を起こすだけでなく、その一部は[[血液]]中に吸収されて全身に移行する。ベロ毒素の[[受容体]]であるGb3ガングリオシドは、特に内皮系の細胞に多いことが知られており、これらの細胞が多く、また重要な機能を担っている[[腎臓]]にベロ毒素が作用すると、[[溶血性尿毒症症候群]](HUS)を起こす原因になり、生命に関わ。この他EHEC感染時に見られる急性脳症なども、ベロ毒素の毒性によるものと考えらている。
EHECや赤痢菌が主に腸内で産生したベロ毒素は腸管上皮細胞に作用して出血性の下痢を起こすだけでなく、その一部は[[血液]]中に吸収されて全身に移行する。ベロ毒素の[[受容体]]であるGb3ガングリオシドは、特に内皮系の細胞に多いことが知られており、これらの細胞が多く、また毒素排出に重要な機能を担っている[[腎臓]]にベロ毒素が作用すると、溶血性尿毒症症候群(HUS)を起こす原因になるほか脳では急性脳症が引き起こされる。


EHECによる感染時には、体内から速やかにベロ毒素を除去することが重要とされる。この目的で活性炭を投与し、腸内に分泌されたベロ毒素を吸着して取り除く治療などが行われている。HUSによる[[人工透析]]を実施している場合には、血中からの毒素除去も行われる。一方、感染症の治療法として一般的な[[抗生物質]]の投与については、腸管内でEHECが死滅する際に大量のベロ毒素を放出するとの考えから使用すべきでないという意見がある。
EHECによる感染時には、体内から速やかにベロ毒素を除去することが重要とされる。この目的で活性炭を経口投与し、腸内に分泌されたベロ毒素を吸着して取り除く治療などが行われている。HUSによる[[人工透析]]を実施している場合には、血中からの毒素除去も行われる。一方、感染症の治療法として一般的な[[抗生物質]]の投与については、腸管内でEHECが死滅する際に大量のベロ毒素を放出するとの考えから使用すべきでないという意見がある。


== 脚注 ==
== 脚注 ==
{{Reflist}}
{{Reflist|2}}

== 外部リンク ==
* 山崎伸二、竹田美文、「Vero 毒素の構造と生物活性」 臨床と微生物 = Clinical microbiology 23, 785-799, 1996-12-24, {{naid|10016087775}}
* 竹田美文、「志賀毒素とvero毒素(志賀毒素様毒素):構造と作用機序」 臨床と微生物 16, 67-75, 1989, {{NAID|80004395190}}


{{DEFAULTSORT:へろとくそ}}
{{DEFAULTSORT:へろとくそ}}

2016年11月2日 (水) 03:40時点における版

Stx2 のモデル図

ベロ毒素(ベロどくそ、verotoxin)とは、一部の腸管出血性大腸菌EHEC, enterohaemorrhagic E. coli)が産生し、菌体外に分泌する毒素タンパク質外毒素)で、VT (= Vero cell Toxin) の省略形。一部の赤痢菌(志賀赤痢菌、S. dysenteria 1)が産生する志賀毒素(しがどくそ、シガトキシン)と同一のものであり、志賀様毒素(しがようどくそ、shiga-like toxin)とも呼ばれる。真核細胞リボソームに作用して、タンパク質合成を阻害する働きを持つ。影響を強く受ける臓器は大腸腎臓で、出血性の下痢、急性脳症、溶血性尿毒症症候群(HUS)などのさまざまな病態の直接の原因となる病原因子である。なお、シガテラ食中毒の原因物質のひとつであるシガトキシン (ciguatoxin) とは別の物質である。

解説

由来

EHECの病原因子を探索する過程で不死化細胞のベロ細胞(Vero細胞、アフリカミドリザル腎臓上皮由来の動物培養細胞の一種で、経代培養でも老化しないので化感染実験や毒性実験などに汎用される)に対して致死性の細胞毒性を持つものとして発見された[1]ことから命名された。

性質

VT2(Stx2)のリボンモデル

EHECが細胞内で産生し、菌体外に分泌するタンパク質性の外毒素であり、互いによく似た構造を持つベロ毒素1(VT1)とベロ毒素2(VT2)の2つが知られている。毒素が産生される時期と菌体外への分泌タイミングが異なっている。

  • ベロ毒素1(Stx1) - すでに志賀赤痢菌が産生する毒素として知られていた志賀毒素と同一であったことが後に判明した。
ベロ毒素1は、毒素としての活性を持つ 315残基のアミノ酸からなる1分子のAサブユニット(Activeサブユニット)と、細胞との結合活性を持つ 89残基のアミノ酸からなる5分の子Bサブユニット(Bindingサブユニット)から構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である。Bサブユニットによって宿主の細胞に結合した後、Aサブユニットが細胞質内に輸送され、このAサブユニットが真核生物のリボソームに結合してタンパク質合成を不可逆的に阻害する。この作用によってタンパク質の合成が出来なくなった細胞は死に至り、さまざまな組織で組織傷害を生じる。
  • ベロ毒素2(Stx2) - ベロ毒素1と生物学的症状が似ているが、免疫学的性状、物理化学的性状が異なる。重症化に影響を与えている[2]
ベロ毒素2は、毒素としての活性を持つ 319残基のアミノ酸からなる1分子のAサブユニット(Activeサブユニット)と、細胞との結合活性を持つ 89残基のアミノ酸からなる5分の子Bサブユニット(Bindingサブユニット)から構成される、A1B5型と呼ばれる毒素タンパク質である。

細菌学的知見

もともと毒素産生能を有していなかった大腸菌や赤痢菌がベロ毒素の産生能力を獲得したのは、細菌が薬剤耐性を獲得するのと同一の「水平伝播」と云うメカニズムによって行われたとされる[3]。これは、ベロ毒素に関連する遺伝情報がファージ上の遺伝子に組み込まれていることから、EHECは赤痢菌からはファージを介して伝達された可能性が高いと考えられている[2][3]

ペロ毒素に関わる歴史

  • 1977年 Konowalchuk らが、ある種の大腸菌がベロ細胞に対して毒性の高い実態が不明の毒素を産生していることを報告。始めて Vero cell cytotoxin(VT)と命名[1]
  • 1983年 O'Brien らは、VT が志賀赤痢菌の産生する志賀毒素と免疫学的に共通性があることを報告し、志賀毒素様毒素(Shiga-like toxin, SLT)と呼んだ[4]。同時期に Scotlandらは、VT遺伝子がバクテリオファージによって水平伝達されることを示唆した[5]
  • 1985年 Scotlandら は,VTには志賀赤痢菌の産生する志賀毒素に対する抗体によって中和されないものもあることを示した。志賀毒素と免疫学的に同一なものをVT1、免疫学的に異なるものをVT2と呼んだ[6]
  • 1997年 米国のBaltimoreで行われた3rd International Symposiumand Workshop on Shiga toxin (Verocytotoxin)-Producing Escherichia coli Infections (VTEC '97)において志賀赤痢菌の産生する毒素を志賀毒素(Stx)、EHEC の産生する毒素を志賀毒素1(Stx1)と志賀毒素2(Stx2)とすることが提唱され、名称を統一化[2]

作用メカニズム

ベロ毒素の作用メカニズム
(1) 正常な細胞のタンパク合成。(2) ベロ毒素によるタンパク質合成阻害。詳細は本文を参照

正常な細胞では、DNAから転写されたmRNAは、リボソームにおいて読み取られ、アミノ酸が結合したtRNA(アミノアシルtRNA)の働きによって、mRNAの配列に応じてアミノ酸の鎖が伸長していき、ペプチドからタンパク質翻訳される。

EHECから分泌されたベロ毒素は、5つのBサブユニットによって、宿主細胞の細胞膜にあるガングリオシドの一つであるGb3(Gal-Gal-Glc-セラミド)に結合し、エンドサイトーシスによって細胞内に取り込まれた後、Aサブユニットだけが細胞質に入り込む。Aサブユニットは、真核細胞のリボソームに含まれる28SリボソームRNAのうち、4324番目のアデノシンに作用して、その糖鎖を切断しアデニンを切り出す活性(N-グリコシダーゼ活性)を持つ。わずか1塩基の変化であるが、28SリボソームRNAのこの領域はリボソームにとって重要な領域であり、この1塩基の変化で、新しいアミノアシルtRNAがリボソームに結合できなくなる。このため、タンパク質の伸長ができなくなってタンパク質合成が阻害され、最終的に細胞はアポトーシスを誘導[7]され死滅する。

このベロ毒素の作用は、ヒマ種子に含まれる猛毒の植物タンパク質として知られるリシンと共通するものである。リシンの活性サブユニットもまたN-グリコシダーゼ活性によって28SリボソームRNAの4324番目のアデニン切断によるタンパク質合成阻害を行うが、リシンの場合はA1B5からなるベロ毒素と異なり、1つの活性サブユニット鎖とジスルフィド結合した1つの結合サブユニット鎖から構成されており、細胞内に輸送される過程がベロ毒素とは異なる。

ヒトに対する毒性

EHECや赤痢菌が主に腸内で産生したベロ毒素は腸管上皮細胞に作用して出血性の下痢を起こすだけでなく、その一部は血液中に吸収されて全身に移行する。ベロ毒素の受容体であるGb3ガングリオシドは、特に内皮系の細胞に多いことが知られており、これらの細胞が多く、また毒素排出に重要な機能を担っている腎臓にベロ毒素が作用すると、溶血性尿毒症症候群(HUS)を起こす原因になるほか、脳では急性脳症が引き起こされる。

EHECによる感染時には、体内から速やかにベロ毒素を除去することが重要とされる。この目的で活性炭を経口投与し、腸内に分泌されたベロ毒素を吸着して取り除く治療などが行われている。HUSによる人工透析を実施している場合には、血中からの毒素除去も行われる。一方、感染症の治療法として一般的な抗生物質の投与については、腸管内でEHECが死滅する際に大量のベロ毒素を放出するとの考えから使用すべきでないという意見がある。

脚注

  1. ^ a b {cite journal |author1=Konowalchuk J |author2=Speirs J |author3=Stavric S |title=Vero response to a cytotoxin of Escherichia coli |journal=Infect. Immun. |volume=18 |issue=3 |pages=775–9 |year=1977 |pmid=338490 |pmc=421302}}
  2. ^ a b c 清水健、「腸管出血性大腸菌が産生する志賀毒素の発現様式と菌体外への放出機構 -志賀毒素転換ファージの構造と機能からの考察- 日本細菌学雑誌 Vol.65 (2010) No.2 P.297-308, doi:10.3412/jsb.65.297
  3. ^ a b 牧野耕三、品川日出夫、「遺伝子の再編成と水平伝播による細菌の病原性獲得」化学と生物 Vol.38 (2000) No.2 P 83-92, doi:10.1271/kagakutoseibutsu1962.38.83
  4. ^ O'Brien, A.O., Lively, T.A., Chen, M.E., Rothman, S.W., Formal, S.B. (1983): Escherichia coli O157:H7 strains associated with haemorrhagic colitis in the United States produce a Shigella dysenteriae 1 (SHIGA) like cytotoxin. Lancet 1, 702.
  5. ^ Scotland, S.M., Smith, H.R., Willshaw, G.A., Rowe, B. (1983): Vero cytotoxin production in strain of Escherichia coli is determined by genes carried on bacteriophage. Lancet 2, 216., doi:10.1016/S0140-6736(02)93043-6
  6. ^ Scotland, S.M., Smith, H.R., Willshaw, G.A., Rowe, B. (1983): Vero cytotoxin production in strain of Escherichia coli is determined by genes carried on bacteriophage. Lancet 2, 216., doi:10.1016/S0140-6736(02)93043-6
  7. ^ 藤井潤、「【細菌タンパク毒素の新たな理解へ向けて】 ベロ毒素に関する新たな知見」化学療法の領域. 25, (5), pp. 755-764, 2009-04. (株)医薬ジャーナル社, ISBN 978-4-7532-8029-2

外部リンク

  • 山崎伸二、竹田美文、「Vero 毒素の構造と生物活性」 臨床と微生物 = Clinical microbiology 23, 785-799, 1996-12-24, NAID 10016087775
  • 竹田美文、「志賀毒素とvero毒素(志賀毒素様毒素):構造と作用機序」 臨床と微生物 16, 67-75, 1989, NAID 80004395190