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抽象代数学では、捩れ(torsion)は、の有限位数の元を言い、またの正規元により 0 とされた加群の元を言う。

定義

の上の加群 M の元 m は、環の正規元英語版(regular element) r (つまり、環の非ゼロ元で左零因子(zero divisor)でも右零因子でもないが、m を消滅させ、rm = 0 とするような元)が存在するとき、環の捩れ元(torsion element)という。整域(零因子を持たない可換環)では、全ての非零な元が正規(regular)であるので、整域上の加群の捩れ元は、整域の非零元により一度消滅する。捩れ元の定義としてこれを使っている著者もいるが、この定義はより一般的な環の上では帰納しない。

環 R 上の加群 M は、全部の元が捩れ元であるとき、捩れ加群と呼ばれ、ただ一つの捩れ元が零元のみである場合を捩れがない(torsion-free)と言う。環 R が可換であれば、M の捩れ元のすべてからなる集合は M の捩れ部分加群(torsion submodule)と呼ばれ、T(M) と書かれる。R が非可換であれば T(M) は部分加群でないこともあるであろうし、部分加群であることもある。(Lam 2007) では R が右Ore環英語版(Ore ring)であることと、T(M) が全ての右 R 加群に対して M の部分加群であることとは同値であることが示された。右ネター整域はOreであるので、このことは、R が右ネター的整域(可換ではないかもしれない)である。

さらに一般的には、M を環 R 上の加群とし、S を R の乗法的な閉集合とする。M の元 m は、S にある元 s が存在し s が m を消去するとき、つまり sm = 0のとき、S-捩れ(S-torsion)と呼ばれる。特に、S を環 R の正規元の集合ととると上記の定義が再現される。

G の元 g は、有限位数を持つとき、つまり、正の整数が存在し、e を群の単位元とし gm で m 個の g のコピーの積を表すとして、gm = e となるようなとき、群の捩れ元(torsion element)と呼ぶ。群は、全ての元が捩れ元であるとき、捩れ群(torsion (or periodic) group)と言い、唯一の捩れ元が単位元のみ場合を捩れのない群(torsion-free group)と言う。任意のアーベル群整数の環 Z の上の加群と見ることができ、この場合は 2つの捩れの考え方は一致する。

  1. M を任意の環 R 上の自由加群(free module)とすると、直ちに、定義より M は捩れのないことが分かる(環 R が聖域でないとすると、捩れは R の非 0 因子の集合 S の観点から考える)。特に、任意の自由アーベル群(free abelian group)は捩れを持たず、体 K 上のベクトル空間は K 上の加群と見たとき、捩れがない。
  2. 上の例とは対照的に、任意の有限群(可換でも非可換でも)は周期的で有限生成である。バーンサイドの問題英語版(Burnside's problem)は、逆に、任意の有限生成の周期群は有限であるはずであるということを問うている。(答えは、一般には、周期が固定されたいても、NO である。)
  3. モジュラー群(modular group)の場合、Γは、2×2 の整数行列で単位の行列式を持つ行列である群 SL(2,Z) より、中心を分解し去ることにより得られる任意の非自明な捩れ元は、位数 2 で元 S の共役か、位数 3 で元 ST の共役である。この場合には捩れ元は部分群を形成しない。例えば、S · ST = T であり有限位数を持っている。
  4. (mod 1) での有理数からなるアーベル群 Q/Z は周期的である、つまり、全ての元が有限の位数を持っている。類似して、一変数多項式の環 R = K[t] 上の加群 K(t)/K[t] は純粋に捩れを持っている。これらの例は両方とも次のように一般ん化することができる。R が可換整域で Q がその分数の体であれば、Q/R は捩れ R-加群である。
  5. (R/Z,+) の捩れ部分群は (Q/Z,+) であり、一方、群 (R,+),(Z,+) は捩れを持たない。部分群による捩れのないアーベル群英語版(torsion-free abelian group)は、ちょうど部分群が真の部分群のときに限り、捩れを持たない。
  6. 有限次元ベクトル空間上の作用する作用素 L を考えると、V を自然な方法で F[L]-加群と考えたとき、(有限次元のときと単純な場合、もしくは、ケーリー・ハミルトンの定理(Cayley–Hamilton theorem)の結果として、多くの結果を考えると)V は捩れ F[L]-加群である。

主イデアル整域の場合

R を(可換)主イデアル整域とし、M を有限生成 R 加群(finitely-generated R-module)とすると、PID上の有限生成加群の構造定理(structure theorem for finitely generated modules over a principal ideal domain)は、同型を除き加群 M の詳細な記述を与える。特に、この定理は、

であることを言っていて、ここに F は有限ランクの自由 R-加群(M に依存する)であり、 T(M) は M の捩れ部分加群である。系として、任意の有限生成な捩じれのない R 上の加群は自由である。この系は、たとえ R = K[x,y] の 2変数の多項式環であったとしても、より一般の可換整域に対して成り立たない。非有限生成加群に対しては、上の直接の分解は正しくない。アーベル群の捩れ部分群はその直和とはならないこともある。

捩れと局所化

R を可換な整域、で、M を R-加群と仮定する。また、Q を環 R の商体(quotient field)とすると、M からスカラー拡大英語版(extension of scalars)により与えられる Q-加群

を考えることができる。Q はであるから、Q 上の加群はベクトル空間であり、おそらく、無限次元である。M から MQ へのアーベル群の標準的な準同型が存在し、この準同型のは正確に捩れ部分加群 T(M) である。より一般的に、S を環 R の乗法的に閉じた部分集合とすると、次の R 加群の加群の局所化(localization)を考えることができる。

これは、環の局所化 RS 上の加群と考えることができる。M から MS への標準的な準同型が存在し、その核がちょうど M の S-捩れ部分加群となる。このように、M の捩れ加群は、局所化時の消滅元の集合と解釈することが可能である。同じ解釈が Ore 条件、より一般的には、を満たす環に対しては、右支配的集合や右 R-加群 M に対しても、非可換な状況下であっても成り立つ。

ホモロジー代数の捩れ

捩れの概念はホモロジー代数(Homology albebra)で重要な役割を果たす。M と N を可換環 R 上の 2つの加群とする(例えば、R = Z の2つのアーベル群)、Tor函手(Tor functor)は R-加群 Tori(M,N) の族である。R-加群 M の S-捩れは、標準的に Tor1(M, RS/R)と同型となる。函手の記号 は代数的な捩じれを持った関係を表す。S が右支配的集合である限りは、同じ結果が非可換な場合でも成り立つ。

アーベル多様体

複素数体上の楕円曲線の 4-捩れ部分群

アーベル多様体の捩れ元は、捩れ点(torsion points)、あるいは、古い用語では、分割点(division points)と呼ばれる。楕円曲線上では、捩れ元は分割方程式英語版(division polynomials)の項として計算される。

参照項目

参考文献

  • Ernst Kunz, "Introduction to Commutative algebra and algebraic geometry", Birkhauser 1985, ISBN 0-8176-3065-1
  • Irving Kaplansky, "Infinite abelian groups", University of Michigan, 1954.
  • Michiel Hazewinkel (2001), “Torsion submodule”, in Hazewinkel, Michiel, Encyclopaedia of Mathematics, Springer, ISBN 978-1-55608-010-4, http://eom.springer.de/T/t093330.htm 
  • Lam, T. Y. (2007), Exercises in modules and rings, Problem Books in Mathematics, New York: Springer, pp. xviii+412, doi:10.1007/978-0-387-48899-8, ISBN 0-387-98850-5, MR2278849