林黒児

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林 黒児(りん こくじ、Lin Heier1871年頃 ‐ 1900年?)。末の義和団の乱の指導者の一人。

船こぎの娘として生まれる。幼いころより雑技を学び、大道芸で生計を立てていた。1900年天津義和団が蜂起すると、義和団首領の張徳成の支持のもと、女性の義和団組織である紅灯照を組織し、黄蓮聖母を自称した。紅灯照は義和団とともに天津の駅と租界を襲撃し、看護活動にもあたった。8ヶ国連合軍によって天津が陥落すると、林黒児も捕らえられた。その後の消息は不明である。

参考文献[編集]

  • 『中国歴史大辞典・清史(下)』上海辞書出版社