マフムード・ディヤーブ・アル=アフマド

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マフムード・ディヤーブ・アフマド
محمود ذياب الأحمد
生年月日 1953年
出生地 イラク王国の旗 イラク
バグダード若しくはモースル
前職 内務大臣
所属政党 バアス党
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マフムード・ディヤーブ・アル=アフマド・アル=マシュハダーニー(محمود ذياب الأحمد Mahmud Dhiyab Al-Ahmad Al-Mashhadani、1953年バグダード又はモースル-)は、イラクの元政治家

1991年3月23日に成立したサアドゥーン・ハンマーディー内閣で、住宅建設大臣として入閣。2001年5月からは内務大臣を勤め、2003年4月のサッダーム・フセイン政権崩壊まで同大臣職にあった。

イラク戦争下の2003年3月21日カラシニコフ銃を片手に外国メディアの前に姿を現して、米軍による南部の町ウンムカスル制圧を否定すると共に、徹底抗戦を主張した。

政権崩壊後の03年7月8日、米軍によって拘束されたと伝えられたが、その後撤回され、8月8日に米軍側に投降してきたと発表された。

2005年に、イラク南部湿地帯に住む「マーシュ・アラブ人」に対する民族浄化に関与した容疑で訴追された。

2012年、イラク司法当局により釈放されたことが明かされた。

関連項目[編集]

先代
ムハンマド・ズィマーム・アッ=サアドゥーン
イラクの内相
2001 - 2003
次代
ヌーリー・バドラーンイラク統治評議会