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フィリッポ・アグリコーラ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
フィリッポ・アグリコーラ
Filippo Agricola
オラース・ヴェルネによる肖像画
生誕 (1795-04-12) 1795年4月12日
ローマ
死没 1857年12月2日(1857-12-02)(62歳没)
ローマ
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サン・パオロ・フオーリ・レ・ムーラ大聖堂のモザイク装飾

フィリッポ・アグリコーラ(Filippo Agricola、1795年4月12日 - 1857年12月2日)は、イタリアの画家である。肖像画や教会の装飾画を描いた。

略歴

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ローマで生まれた。父親のルイージ・アグリコーラ(Luigi Agricola)も画家であり、父親から美術を学んだ。アグリコーラの修行時代のローマはフランス第一帝政の支配下で「National Academy of San Luca」と名前を変えていたローマのアカデミア・ディ・サン・ルカガスパーレ・ランディ(Gaspare Landi: 1756-1830)やヴィンチェンツォ・カムッチーニ(Vincenzo Camuccini: 1771-1844)に学んだ。

1812年に、政府の絵画コンクールで優勝し、奨学金を与えられた。主にローマで活動し、上流階級の家族の肖像画を描いた。肖像画の代表作には劇作家、ヴィンチェンツォ・モンティ(Vincenzo Monti)の娘、コンスタンス・モンティ・ペルティカリ(Constance Monti Perticari)の肖像画などがある。ヴィンチェンツォ・モンティはアグリコーラを「当代のラファエロ」と讃えていた。サントノフリオ教会(Chiesa di Sant'Onofrio)やサン・ジョバンニ・イン・ラテラノ大聖堂などのローマの教会の装飾画も描いた。

アカデミア・ディ・サン・ルカで絵画を教え、1843年には会長にも選ばれた。バチカンのモザイク工房の所長も務めた。

ローマで亡くなった。フィリッポ・アグリコーラに学んだ画家にはジョヴァンニ・コスタ(1826-1903)らがいる。

作品

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参考文献

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  • Agricola, Filippo, in «Dizionario biografico degli Italiani», I, Roma, Istituto dell'Enciclopedia italiana, 1960
  • M. Missirini, Storia della romana Accademia di San Luca, Roma, 1823.
  • A. Cappi, Di un dipinto di Filippo Agricola, Pesaro, 1828.
  • G. Servi, Ritratto della principessa Caterina Guglielmina duchessa di Sagan dipinto dal cav. Filippo Agricola, Roma, 1835.
  • F. Mercuri, Intorno ai dipinti in tela del sig. cav. E. A. rappresentanti l'Assunzione di Nostra Donna, Roma, 1837.