ビバリーヒルズ・サパー・クラブの火災
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ビバリーヒルズ・サパー・クラブの火災(Beverly Hills Supper Club fire)とは、1977年5月28日の夜にアメリカ合衆国・ケンタッキー州キャンベル郡のナイトクラブで発生した火災。
火災による最終的な死者数は165名に上り、負傷者は少なくとも200名を超えていた。
出火
[編集]ビバリーヒルズ・サパー・クラブ(Beverly Hills Supper Club)は、キャンベル郡のサウスゲートにあったナイトクラブである。1977年5月28日は土曜日であり、この日の夜に火災が発生した。
多くの客は当初は火災が危険なものだったことを手遅れになってから気が付いた[1]。
当初はこの時に火災によるパニックが起こり、これが多数の死者を出した原因と報道されたが、アメリカ合衆国防火協会による調査の結果は「確かにパニックになった者も一部にはいたにしてもパニックが多数の死者を出した主因ではない」というものだった[1]。
顛末
[編集]ビバリーヒルズ・サパー・クラブの従業員は防災訓練を受けていなかったが、それでも消火器による初期消火を試みた[1]。だがそれは失敗した。さらに客の避難も遅れた。この結果たちまち164名の死者を出した上に負傷者も200名を超える惨事となった。
そして火災から9ヶ月以上も経過した1978年3月1日になってこの火災による最後の死者が出て[2]、最終的な死者数は写真の看板にも書かれているように165名に上った。
このように最後の死者が出るまでに時間があったため火災発生当初の資料には死者数は164名と書かれている。
出典
[編集]- ^ a b c 釘原直樹「緊急事態におけるパニック発生説の真偽」『対人社会心理学研究』第15号、大阪大学大学院人間科学研究科対人社会心理学研究室、2015年、1-6頁、doi:10.18910/54431、ISSN 1346-2857、NAID 120005671205、2021年5月10日閲覧。
- ^ “How it Happened: Tragedy Routed in Code Violations"”. 2009年12月6日閲覧。