パトリック・オリファント (第3代オリファント卿)

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第3代オリファント卿[注釈 1]パトリック・オリファント英語: Patrick Oliphant, 3rd Lord Oliphant1721年1月14日没)は、スコットランド貴族

生涯[編集]

第2代オリファント卿チャールズ・オリファントとメアリー・オグルヴィ(Mary Ogilvy、1702年1月14日以前没、ジョン・オグルヴィの娘[1])の息子として生まれ、青年期には乗馬ばかりして過ごしたという[3]

1706年4月頃に父が死去すると[1][2]オリファント卿の爵位を継承[3]、同年10月12日に宣誓してスコットランド議会英語版議員に就任した[2]

スペイン継承戦争では初代マールバラ公爵ジョン・チャーチルの配下としてブシャン包囲戦に参戦した[3]

1721年1月14日に生涯未婚のまま死去、18日に埋葬された[3]。叔父ウィリアムが爵位を継承した[3]

注釈[編集]

  1. ^ オリファント卿の爵位は1630年頃に一旦放棄され1633年に再叙爵された経歴があり[1]、『クラクロフト貴族名鑑』では1633年の叙爵から代数を数えたため本記事の人物は「第3代オリファント卿」であるが、『スコッツ貴族名鑑英語版』では15世紀の叙爵から数えており、本記事の人物を「第8代オリファント卿」としている[2]

出典[編集]

  1. ^ a b c "Oliphant, Lord (S, 1464 - 1748)". Cracroft's Peerage (英語). 13 July 2012. 2019年11月23日閲覧
  2. ^ a b c Paul, James Balfour, Sir, ed. (1909). The Scots Peerage (英語). Vol. VI. Edinburgh: David Douglas. pp. 556–557.
  3. ^ a b c d e Cokayne, George Edward, ed. (1895). Complete peerage of England, Scotland, Ireland, Great Britain and the United Kingdom, extant, extinct or dormant (N to R) (英語). Vol. 6 (1st ed.). London: George Bell & Sons. pp. 121–122.
スコットランドの爵位
先代
チャールズ・オリファント
オリファント卿
1706年 – 1721年
次代
ウィリアム・オリファント