コンテンツにスキップ

ジョン・センピル (第11代センピル卿)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

第11代センピル卿ジョン・センピル英語: John Sempill, 11th Lord Sempill1685年頃 – 1727年2月17日)は、スコットランド貴族

生涯

[編集]

グラスフォード卿フランシス・アバークロンビー(1654年 – 1703年11月23日埋葬、アレクサンダー・アバークロンビーの息子。グラスフォード卿は1685年創設の一代貴族)と第9代センピル女卿アン・アバークロンビー(1695年没)の息子として、1685年頃に生まれた[1]

1715年ジャコバイト蜂起では政府側としてエアシャー民兵の訓練を担当、同年8月22日にはアーバインで同じく政府側の第9代エグリントン伯爵アレクサンダー・モンゴメリー第3代キルマーノック伯爵ウィリアム・ボイド初代グラスゴー伯爵デイヴィッド・ボイルと合流して総勢6,000人となった[2]

1716年8月に兄フランシスが死去するとセンピル卿の爵位を継承、1717年1月29日に正式に確認された[2]

1727年2月17日に生涯未婚のまま死去、20日に埋葬された[2]。弟ヒューが爵位を継承した[1][2]

出典

[編集]
  1. ^ a b "Sempill, Lord (S, c.1489)". Cracroft's Peerage (英語). 21 September 2017. 2019年11月23日閲覧
  2. ^ a b c d Paul, James Balfour, Sir, ed. (1910). The Scots Peerage (英語). Vol. VII. Edinburgh: David Douglas. pp. 559–561.
スコットランドの爵位
先代
フランシス・センピル
センピル卿
1716年 – 1727年
次代
ヒュー・センピル