カーン=ヒリアード方程式

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

カーン=ヒリアード方程式(カーン=ヒリアードほうていしき、: Cahn–Hilliard equation)とは、ジョン・W・カーン英語版とジョン・E・ヒリアードの名にちなむ数理物理学の方程式で、二元流体の二成分を同時に分離し、各成分において純粋な領域を形成するような相分離のプロセスを表現するものである。 を流体の濃度とし、 で領域を表すとしたとき、カーン=ヒリアード方程式は次のように記述される:

ここで は単位が であるような拡散係数で、 は領域の間の遷移領域の長さを表す。また は時間についての偏微分で、 次元におけるラプラシアンを表す。さらに、量 は化学ポテンシャルと解釈される。

カーン=ヒリアード方程式はアレン=カーン方程式と関連する。また同様に、確率カーン=ヒリアード方程式は確率アレン=カーン方程式と関連するものである。

特徴と応用[編集]

カーン=ヒリアード方程式に対する数学者の興味は、与えられた滑らかな初期データに対するその一意な解の存在、コホモロジー的な解釈、計算等にある。 一意性の証明は、本質的にはリャプノフ関数の存在に依るものである。具体的に、自由エネルギー関数として

を定めると、

が得られ、したがってその自由エネルギーはゼロへと減衰する。このことはまた、領域への分離が、方程式の発展の漸近的な結果であることを意味している。

実際の実験においても、初めに混合されていた二元流体の、領域への分離は観測されている。その分離は、次の事実により特徴付けられる。

  • 分離された領域の間に、転移相(transition layer)が存在する。それには函数 で与えられるプロファイルと、長さ が備えられている。その理由は、その函数がカーン=ヒリアード方程式の平衡解だからである。
  • また興味の注がれる点として、分離された領域が時間についてべき則に従って成長する、という事実が挙げられる。すなわち、 を典型的な領域の大きさとすれば、 が成立する。これはリフシッツ=スリョゾフ則であり、カーン=ヒリアード方程式に対しては厳密に証明されていて、二元流体についての数値実験や実際の実験においても観測されている。
  • カーン=ヒリアード方程式には、保存則 の形状も存在する。ここで である。したがって、相分離過程は総濃度 を保存するもので、 が成立する。
  • 一つの位相が顕著に豊富であるとき、カーン=ヒリアード方程式はオストワルド熟成として知られる現象を見せる。その現象では、マイノリティな位相は球面の小水滴を形成し、拡散を通じて、小さい水滴はより大きな水滴へと吸収される。

カーン=ヒリアード方程式は、様々な分野において応用されている。例えば、界面における流体の流れ、ポリマーサイエンス、産業的な応用、などである。二元混合に対するカーン=ヒリアード方程式の解は、ステファン問題の解やトーマスとウィンドルのモデルの解とよく一致することがしめされている[1]。 ポリマーサイエンスでは、線形項がついた

が用いられることが多い。ただしの平均である。

脚注[編集]

  1. ^ F. J. Vermolen, M.G. Gharasoo, P. L. J. Zitha, J. Bruining. (2009). Numerical Solutions of Some Diffuse Interface Problems: The Cahn-Hilliard Equation and the Model of Thomas and Windle. IntJMultCompEng,7(6):523–543.

参考文献[編集]

英文[編集]

  • J. W. Cahn and J. E. Hilliard, “Free energy of a nonuniform system. I. Interfacial free energy,” J. Chem. Phys 28, 258 (1958).
  • A. J. Bray, “Theory of phase-ordering kinetics,” Adv. Phys. 43, 357 (1994).
  • J. Zhu, L. Q. Chen, J. Shen, V. Tikare, and A. Onuki, “Coarsening kinetics from a variable mobility Cahn–Hilliard equation: Application of a semi-implicit Fourier spectral method,” Phys. Rev. E 60, 3564 (1999).
  • C. M. Elliott and S. Zheng, “On the Cahn–Hilliard equation,” Arch. Rat. Mech. Anal. 96, 339 (1986).
  • T. Hashimoto, K. Matsuzaka, and E. Moses, “String phase in phase-separating fluids under shear flow,” Phys. Rev. Lett. 74, 126 (1995).
  • T. Ursell, “Cahn–Hilliard Kinetics and Spinodal Decomposition in a Diffuse System,” California Institute of Technology (2007).

和文[編集]

  • 降旗大介, 恩田智彦, & 森正武. (1993). Cahn-Hilliard 方程式の差分法による数値的解析. 日本応用数理学会論文誌, 3(3), 217-228.
  • 降籏大介, & 森正武. (1996). Cahn-Hilliard 方程式に対するある差分スキームの安定性と収束性について (科学技術における数値計算の理論と応用).
  • 降旗大介, 恩田智彦, & 森正武. (1992). 差分法に対する拡張安定性とその Cahn-Hilliard 方程式への応用. 情報処理学会研究報告ハイパフォーマンスコンピューティング (HPC), 1992(26 (1991-HPC-040)), 17-26.