カオスの縁
カオスの縁(カオスのふち、英語: edge of chaos)とは、クリストファー・ラングトンにより発見され、ノーマン・パッカードにより名付けられた、セルオートマトンにおける概念[1]。振る舞いが秩序からカオスへ移るようなシステムにおいて、秩序とカオスの境界に位置する領域[2]。複雑系や人工生命、生命の進化などの研究において着目されてきた[3]。理論生物学においては、スチュアート・カウフマンによる、生命の発生と進化には自然淘汰の他に自己組織化が必要であり、進化の結果、生命は「カオスの縁」で存在するという仮説がよく知られる[4][5]。
セル・オートマトン
[編集]1980年代初頭からスティーブン・ウルフラムは1次元セル・オートマトンのルール(遷移関数)ごとの挙動を調査し、その挙動を以下のように4つにクラス分けした[6][7]。
- クラスI:均一な一定状態に漸近する挙動
- クラスII:周期的な状態に漸近する挙動
- クラスIII:ランダムな状態を維持する挙動
- クラスIV:他のクラスほど厳密に定義されないが、上記の3クラスに当てはまらない挙動
ウルフラムはクラスIからIIIまでに対し、力学系の挙動とアナロジー的に該当するものを当て嵌めている[8]。
ウルフラムによればクラスIVについては該当する力学系の挙動が存在しない[9]。クラスIVでは非常に複雑な挙動が起こる。いくつかの局所的な構造が生み出され、それらはセル空間内を移動し、相互作用を起こし合う[10]。また、ある初期値では全て一定状態に漸近したり、別の初期値では周期的状態に漸近したり、ランダム状態を維持したりなどの変化も見せる[9]。以下の図はウルフラムのルール番号によってルール110と呼ばれるルールを採用したときのセル・オートマトンの挙動(時間発展)を示している。初期配置は黒一点のみが存在する場合である。クラスIVに分類される[1]。
クリストファー・ラングトンはクラスIVについてさらに調べるために、次のようなパラメータを導入した[11]。
ここで、k は状態数、 ρ は近傍数を意味し、kρ は可能な近傍の状態数となる[12]。状態数 k の内の任意な一つの状態 q を「静止状態」と呼ぶとする[13]。nq は kρ の内の次の時刻に静止状態(すなわち q )となる数を示す[12]。λ は静止状態とならない割合を示しており、一般には λ パラメータなどと呼ばれる[11]。あるいは、ラングトン自身は λ パラメータのことを「あるレベルの挙動の複雑さに関連する統計量」と位置づけている[14]。
nq の最小から最大までの範囲は、0 ≤ nq ≤ kρ なので、λ の範囲は 0 ≤ λ ≤ 1 となる。ラングトンによれば、λ = 0 で最少である複雑性は、λ の増加とともにも複雑性も増加し、λ がある値となったところで極大となり、その後は複雑性は減少していき、λ = 1 でまた最少となる[15]。複雑性が極大となる臨界値は λc で表される。ウルフラムのクラスと一緒にまとめると、挙動とクラスと λ パラメータは以下のような関係の下に変化する[13][16]。
挙動: | 不動点 | 周期的 | "複雑" | カオス | |||
ウルフラムのクラス: | クラス I | ⇒ | クラスII | ⇒ | クラスIV | ⇒ | クラスIII |
λ パラメータ: | 0 | λc |
ただし、上記の区分は k や ρ が大きな値のときは良く機能するが、小さいときはあまりうまく働かない[16][17]。
このように、クラスIVはカオス的・ランダム的振る舞いと秩序的・静的振る舞いの境界に存在し、この領域を「カオスの縁」と呼ぶ[18][19]。
脚注
[編集]- ^ a b Schiff 2011, p. 77.
- ^ 井庭・福原 1998, p. 76.
- ^ Mitchell 1993, p. 2.
- ^ 井庭・福原 1998, p. 133.
- ^ カウフマン 2008, pp. 61–62.
- ^ Schiff 2011, pp. 73–76.
- ^ 井庭・福原 1998, pp. 83–84.
- ^ 高橋 1990, pp. 266–267.
- ^ a b 高橋 1990, p. 269.
- ^ Schiff 2011, p. 76.
- ^ a b 井庭・福原 1998, p. 84.
- ^ a b Schiff 2011, p. 45.
- ^ a b Mitchell 1993, p. 6.
- ^ Schiff 2011, p. 81.
- ^ Langton 1990, p. 32.
- ^ a b Schiff 2011, p. 82.
- ^ 井庭・福原 1998, p. 85.
- ^ Schiff 2011, pp. 76–77.
- ^ 井庭・福原 1998, p. 87.
参照文献
[編集]- Joel Linn Schiff、梅雄博司・Ferdinand Peper(監訳)、足立進・磯川悌次郎・今井克暢・小松崎俊彦・李佳(訳)、2011年、『セルオートマトン』初版、共立出版 ISBN 978-4-320-12295-6
- 井庭崇・福原義久、1998年、『複雑系入門―知のフロンティアへの冒険』初版、NTT出版 ISBN 4-87188-560-7
- 高橋智、合原一幸(編)、1990、「セルオートマトンにおけるカオスとフラクタル」、『カオス―カオス理論の基礎と応用』初版、サイエンス社 ISBN 4-7819-0592-7
- スチュアート・カウフマン、米沢富美子(監訳)、森弘之・五味壮平・藤原進(訳)、2008年、『自己組織化と進化の論理─宇宙を貫く複雑系の法則』初版、筑摩書房〈ちくま学芸文庫〉 ISBN 978-4-480-09124-6
- Melanie Mitchell; Peter T. Hraber; James P. Crutchfield (1993). “Revisiting the Edge of Chaos: Evolving Cellular Automata to Perform Computations”. SFI Working Paper (Santa Fe Institute): 1–39 .
- Chris G. Langton (1990). “Computation at the edge of chaos: Phase transitions and emergent computation”. Physica D: Nonlinear Phenomena (Elsevier) 42 (1–3): 12–37. doi:10.1016/0167-2789(90)90064-V.