Wikipedia‐ノート:引用のガイドライン/草案/画像関係ログ/2006年

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画像の引用に対しても触れるべきでは?[編集]

引用自体は画像にもありうる話なので、画像の引用について、ここで簡単にでも触れておいた方がいいのではないでしょうか?

GFDLの関係上wikipediaでは、映画のキャラクター画像等は引用の要件を満たしていてもほぼ全てアウトになると思いますし、画像の引用に特に求められる要件もあります。例:その画像が単独で鑑賞にたえるものになっていないかといった要件(藤田画伯の絵画評論本への画像引用事件での判例)

  • 画像の引用には特に注意してください。画像に必要なライセンスについてはWikipedia:画像利用の方針を参照してください。

のような感じの節を設けるのはどうでしょう?Fuji 3 2006年5月20日 (土) 08:22 (UTC)

画像の引用は無理でしょう。記事の中で従属的に画像が利用される限りでは引用の要件を満たしそうですが、画像は記事とは独立に単独でも提供されますから。画像中に画像を引用することは可能かも知れません。--全中裏 2006年5月20日 (土) 08:29 (UTC)
私も、全中裏さんの仰るように、画像が記事の一部でなく画像自体が単独で提供されるwikipediaのスタイルでは、実質引用は無理だと思います。なので、注意書きを書いた方がいいのかと。はっきりダメと書いて「使用許諾を得るようにしてください」と書いた方がいいのかもしれませんが、どこかに例外があるかもしれないのでぼんやり書いてみました。 Fuji 3 2006年5月20日 (土) 09:14 (UTC)

画像の引用について2[編集]

古い話を横から掘り返すようで恐縮ですが、「画像自体が単独で提供される」「画像だけを取り出せる」とありますが、単独で利用されている、と取ることの出来るケースはこの2つかと存じます。(RCで見つけた画像を例に取ります)

  1. 画像の説明ページ -> 画像:JR西日本の優先座席.jpg
  2. 画像ファイルへの直リンク -> Media:JR西日本の優先座席.jpg

ちなみにこの画像GFDLでライセンスされていて、記事「優先席」で利用されているのですが、

  1. 優先席を見ても履歴はおろか、GFDLであるという宣言(&許諾書へのリンク)すらない。
    しかし、クリックすればそれらの情報を知ることが出来るリンクが貼られている。
  2. 同上。こちらはhtml/xhtmlの、文書自体に画像は埋め込まないということに由縁するもの。
    これを「単独提供」とする→PDFなど画像が埋め込める形式を用いない限り、インターネットでは引用は不可。

1より、ウィキメディアプロジェクトでは実際に画像が貼られている記事ページと画像名前空間のページが相互に補完しあって画像を利用していると私は認識していたのですが、これは誤解だったのでしょうか。更に言えば、コモンズ画像で(commonsの)解説ページ自体には履歴情報が書いていない画像をローカルのウィキから呼び出した場合は、履歴情報にたどり着くまでに2クリックが必要でしょう。

また、このようにアドレスを渡すことによって、履歴情報等が分からないように画像を提供することを可能にしているウィキメディア財団はGFDLを侵害しているのでしょうか。

1については各記事にGFDLなら履歴情報と許諾書へのリンク、CC-byなら著作者の情報を逐一書き込んでゆくことで解決は可能でしょうが、2はWikipediaがインターネット上で、xhtmlを使用して運営される限り解決不可能な問題と考えているのですが、引用の場合はこのような使用が認められず、GFDL画像ならOK、と言えるのでしょうか。いや、だからといってウィキペディアは画像使用を中止すべきだ、と主張しているわけでは・・・

個人的な意見としては、GFDLとの絡みを考慮する必要がない画像や音声などの方が、引用はしやすいと思っているのですが如何なものでしょうか。もちろん、「引用の範囲内か」は厳格に審議する必要があるでしょうから、ポータルやウィキプロジェクト等で「漫画の登場人物解説の場合、一人に一枚まで」などとおのおの決まりを作ってからアップロードしてゆくのが望ましいと考えています。--Kkkdc (Disp / Conl) 2006年7月23日 (日) 09:33 (UTC)

GFDL画像かどうかについてはGFDL上の問題であって、GFDL画像であるなら「引用」ではなく「許諾を得た使用」となりますから、引用のガイドラインとは無関係ではないかと…。非GFDL画像については、GFDLと関係なく引用の要件を満たす必要があり、ネット上では単独に画像を鑑賞しうるというところが問題視されている、と。--Ks aka 98 2006年7月23日 (日) 10:30 (UTC)

GFDLでライセンスされた画像は、GFDLで定められた要件を満たした場合にのみ使用が認められています。GFDLでは、履歴情報等々を提供しない利用に関しては許諾していないのです。--Kkkdc 2006年7月23日 (日) 10:48 (UTC)
GFDL画像「履歴情報を明示した上での提供は可能だが、直リンク貼ったら履歴出てないじゃないか。俺が許可した条件と違うぞ」
引用画像「引用の範囲内での利用は可能だが、直リンク貼ったらそれが満たされていないじゃないか。法律で認められてる範囲じゃないぞ」
--Kkkdc 2006年7月23日 (日) 10:53 (UTC)
なので、「引用のガイドライン」では後者=引用画像について議論するということで、前者は対象外なのでは?--Ks aka 98 2006年7月23日 (日) 15:10 (UTC)
ですから、画像が引用できない理由として上では「単独で提供されうることが引用の範囲外である」ということが挙げられていますが、画像への直リンクが出来る、ということを「単独で提供されうること」としてしまうと、GFDL画像だって使えないのでは?ということを申し上げています。逆に言えば、現在なぜGFDL画像が利用できているかといえば、直リンクできることが「単独で提供されうること」に該当しない、という諒解があるからではないか?と申し上げているのですが。--Kkkdc 2006年7月23日 (日) 15:50 (UTC)
んー。より正確に言えば、「単独で提供されうる場合は引用の要件を満たさないと判断される可能性がかなり高くなるのでウィキペディアではリスクを避けるためにもダメってことにしましょう」ってことだったりはすると思うのですが、「引用」については著作権法と過去の判決に基づいての予想でしかなくて、GFDLライセンスのほうは著作権法の条文や過去の判決とは関係なく、「単独に提供されうること」と「直リンク」の関係が決まるのではないのですか?著作権法の解釈のなかでの「単独に提供出来うること」が、GFDLライセンスにおける「単独に…」は同一でなくてもよいと思いますよ。とはいえ、GFDLについては詳しくないので、おいらはここまで。--Ks aka 98 2006年7月23日 (日) 19:15 (UTC)

新たな議論を提起していただいてありがとうございます。Kkkdcさんの論理は理解できていないのですが、大略はKs aka 98 さんの説明で良いと思います。

まず、「このガイドラインの対象」のC項で述べているように、GFDLの物は対象外です。GFDLの物は引用ではなく再利用(複合著作物)としての使用となります。その利用方法に問題があるとしたら、それは別のところでやることになると思います。

著作権法では引用側が主であることが明確であればOKで、「全体が含まれる」から駄目とは特に言ってはいませんが、引用される側の不満は起こり易くリスクが高くなることは確かです。著作権のある絵画のコピーが引用と称して自由に利用されてはかなわないでしょう。

音声に関しては、それを文字に落とすときに間違いが生じて「同一性維持」に違反するのではないかという懸念があるようです(個人的には問題ないと思っていますが)。 Zorac 2006年7月24日 (月) 13:26 (UTC)

なんというか、あまり深いところまでまだ考えていないのですが、上での議論を見る限り画像は「単独提供されるからダメ」と一蹴されてしまっているようにも見えるのですが、そう切ってしまうのもどうなのかな、ということです。
そもそも「訴訟リスク」を完全に0にすることは恐らく原理的に不可能でしょう。著作権法の条文では「公正な慣行」という非常に曖昧な記述になっている部分のことですが、私は上で挙げた直リンクなどの件について殆どの人間が「公正だ」と考えていると思っています。まあ単なる思い込みなのかもしれませんが、GFDLあれこれは「そう考えているだろう」という根拠となりうる類似例として挙げてみました。(そもそも直リンクを単独提供とするとenのフェアユースもNGな気がします)もちろん、ウィキペディアンたちと世間(特に司法)の価値基準が大きく異なっているとしたら、全く意味のない話ではありますが。
実際のところは裁判沙汰にして見なければ分からないのかもしれませんが、その前の段階で利用方針を決める、ということなのですから、「この方法が公正でないと判断される可能性とされてしまった場合のリスク」と「画像引用をすることによってウィキペディアにもたらされる百科事典としての価値」を、ウィキペディアの未来を担っているであろう我々利用者が天秤にかけ、判断してゆくというのが最終的な権利関係の処理の仕方だと思っております。
--Kkkdc 2006年7月24日 (月) 14:48 (UTC)
ああ、そうゆうことですか。GFDLはあくまで例だったってことですね。えー、まずフェアユースは日本の著作権法と別の話なので、そこのところはenに従うってことにして、それから繰り返しになりますが、GFDLはGFDLのルールがあるてことで、国内の著作権法について。
全体であっても引用の要件は成立する場合もあります。ただ、ここまでこうすれば絶対大丈夫ということが明らかになっているわけでもなく、リスクは余裕を持って避けておくというのが、Kkkdcさん登場までのおおよその方向だったということではないかと。あと、「単独で提供されうる場合は引用の要件を満たさないと判断される可能性がかなり高くなるのでウィキペディアではリスクを避けるためにもダメってことにしましょう」。個人的にも、藤田嗣治絵画複製事件の高裁判決(訂正)や美術系の世界での慣習から判断するに(これらはフェアユースやGFDLでどうなるかとは関係ないけれど、日本の著作権法を考える上では有用です)、避けておいた方がいいと思ってます(表現の仕方がどうかということであれば、また別の問題です。音楽などについては、ぼく自身疑問を提起しています)。--Ks aka 98 2006年7月24日 (月) 15:02 (UTC)
「余裕」の範囲をどうとるかなあ、という問題だと思います。要は、MediaWiki上での引用が本当に「単独で提供されうる場合」に該当するのか、もうちとよく掘り下げて検討する価値があるのでは、ということです。
また、仮に直リンクのケースが「単独で提供されうる場合」に該当するとしても、仕方のないことといっては語弊がありますが、それは「報道、批評、研究その他の引用の目的上正当な範囲内」である、という解釈も十二分に可能でしょう。
・・・とは言ったものの、それを真とする判例も偽とする判例も見たことがないですし。。。上のように断定してしまえる要素は全く御座いませんが。何か参考になりそうなものがあるとよいのですが。
ちなみに、ここを最初から自分の仮定で話していたのですが、先の議論で「単独で提供されうる場合」とは具体的にどの場合を指していたのでしょうか。--Kkkdc 2006年7月24日 (月) 15:27 (UTC)
顔真卿じゃなかったのを修正(斜体部分)。「先の議論」は過去ログ以上のことはよくわからないっす(参加していない)。「上のように」がどれを指すかわからないのですが、引用の要件を満たす満たさないについては「断定」していないと思うのですが。「単独で提供されうる場合」、単独で提供されたものは引用ではないですよね?いちおう、単独で提供することが可能であっても、当該引用著作物において引用の要件を満たしていればいい、という判断もありうるとは思いますが。ネット上の直リンクがどういう扱いになるかはおそらく裁判例はないと思います。画像で引用が難しいのは、マッドアマノ事件での「原則として一部」ってところと、あと藤田嗣治絵画複製事件(高裁判決)は参考になると思います(というか、より混乱させるかも)。--Ks aka 98 2006年7月24日 (月) 16:03 (UTC)
あー、と表現が悪かったでしょうか。「断定」はその前の文での自分の発言「~という解釈も十二分に可能でしょう。」を指しています。あと、「先の議論」は#画像の引用に対しても触れるべきでは?とかのつもりでしたから、どちらかというと全中裏さんやFuji 3さんに対する質問、ということになります。--Kkkdc 2006年7月24日 (月) 16:22 (UTC)
りょうかいー--Ks aka 98 2006年7月24日 (月) 16:41 (UTC)

えー、どこから入るか難しいんですが、まず、

  • GFDLで提供される画像は、GFDLの条件を満たす限り、その画像がどう使われようが問題ない

これは了解を得られていると思います。

次に引用画像が難しい理由

  1. 画像が引用と認められるには、画像が従となる、画像が不可欠であるなど引用の要件を満たさなければいけない
  2. (1)より、wikipedia上では、画像はテキストとセットで扱われなければいけない
  3. ところが画像は、記事に埋め込みではなく単独のファイルとしてアップされ、管理されている
  4. (大半のユーザは記事中の画像しか見ないだろうし、その限りでは問題ないけれど)(3)の画像単体では引用の形式をなさない=使用できる権利がない

ということです。ほとんどは画像管理の方法の問題だと思ってます。「単独で提供されうる」というより「単体で管理されている」ための問題であって、表現が不適切だったかもしれません。

ついでに直リンクの問題

  • 一般的な意味の直リンク(テキストから画像へのリンク)は単なるポインタであり、問題ない

なので、ソース中に画像のソースを指定して(img src=hoge.jp/hoge.jpgなど)、当ページのコンテンツのように見せた場合を直リンクとおっしゃっているものと考えます。

  • 不適切な直リンクによる問題は、リンクを設けた側の問題なので、wikipediaには関係ない

GFDLの絡みがありましたが、

  • Wikipedia上での画像を使用する場合、GFDLライセンスページへのリンクが付けられるので問題ない

だと思います。もちろん、文中にリンクなしのimgタグのみ書いて画像を表示させるとGFDL上の問題になるのだと思います。 Fuji 3 2006年7月25日 (火) 02:23 (UTC)

ご解説ありがとうございます。「単なるポインタ」とありますが、これは全ての「出典を示す必要のある画像」に共通していますが、ある人に http://ja.wikipedia.org/upload/5/54/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%84%AA%E5%85%88%E5%BA%A7%E5%B8%AD.jpg とアドレスを渡したときに、「出典が明示されていない」と言われてしまう可能性があります。GFDLの場合多くはその画像の著作者はウィキメディアプロジェクトの参加者で、それ位分かっている、ということも可能ですが、commonsには外部から持ち込まれたcc-by画像も多く含まれています。
これは画像だけにいえることではなく、[1]とすれば、先ず間違いなくGFDLで保護されているはずのメインページのソースが、履歴情報も、GFDLであるということも明示されていない形で取得することが可能となっています。
上は良くて画像の説明ページがNG、というのは直感に反するのですが。。。ひとまず極端な例ですが、MediaWiki:common.css.fullImageLink { display:none; }と書いて、説明ページに画像が表示されないようにしてしまえば、この問題は解決する、というものなのですか?--Kkkdc 2006年7月25日 (火) 05:08 (UTC)
○「出典を示す必要のある画像」について
正直、仰るところがよく想定できてないんですが、引用という意味でしたら、テキストリンクは著作物そのものではないので問題ないと思います。言い方を変えると「http://ja.wikipedia.org/upload/5/54/JR%E8%A5%BF%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E5%84%AA%E5%85%88%E5%BA%A7%E5%B8%AD.jpg (wikipediaより)」とする義務は必ずしもないということです。無論、括弧部分を書いていたほうが望ましいでしょうけど。
○raw指定でソースを取得するケースについて
データをどういう形で取得するかはデータ使用者の自由ですから問題になることはないと思います。もちろん、取得した生データをGFDLによらず再利用することは問題です。そういった問題行動者が「GFDLって表示がどこにもなかったじゃん」という主張をする可能性がありますが、それは再利用者側に確認義務のあることなのかなと思います。
○記事ページで引用画像する目的で作成された画像の画像ページについて
説明ページに「○○記事のための引用画像です。他の用途での使用はできません」として画像を非表示(+利用不可)にできたら・・・引用画像が認められる可能性は広がると思います。が、wikipedia全体へのシステム改変が発生しそう(引用元の指定や、画像の確認方法、ダウンロードの阻止方法など)で現実的ではないでしょうね。なお、「画像は再利用性が高いので、wikipedia上で引用の形態になっていても、利用者が画像だけを取得して不正に利用するおそれがあるから、フリーやGFDLなどでライセンスされている画像以外使用不可」という考えもあるとは思いますが、私は賛成しません。なので、引用画像が引用としてのみ提供されている状態が実現できるのであれば、引用画像OK派です。Fuji 3 2006年7月25日 (火) 07:06 (UTC)
一度書いてた内容を消してしまってorz「単独で提供されうる場合」(上の議論Ks aka 98氏、2006年7月23日 (日) 19:15 (UTC) より)というのは、ウィキペディアが画像への直リンク(imgタグの貼付けに限らず、画像のアドレスを直接指定することを含む)というアクセス手段を提供しているため、利用者へ単独で提供されうるという意味ではないのでしょうか。テキストリンクを貼ること自体はどんな場合であれ著作権とは関係ないと思います。
ちなみに2つ目の「再利用者側に確認義務のあること」ですが、なぜそうなるのでしょうか。
--Kkkdc 2006年7月26日 (水) 09:56 (UTC)
まず、「単独で提供される」ことが問題で「単独で提供されうる」ことは問題ではないと思います。画像に対してテキストリンクを貼ることに問題がないのは仰る通り。
「再利用者側に確認義務のあること」についてですが、ある人の著作を別の人が利用しようとする場合、利用しようとする側が、当該著作物のライセンスを調べることが信義則的に当然という意味です。なお、再利用とは、上の例では生データを取得する時点でなく、取得したデータを他者に公開する時点です(データ取得段階では個人利用の範疇)。再利用を考える人が「一般人にとって通常の注意義務を払って」いても気付かないようなライセンス表示があれば免責されると思いますが、確認義務自体は変わらず存在します。Fuji 3 2006年7月27日 (木) 03:39 (UTC)
  • コモンズにある画像→wikipedia上では基本的には著作権法関係なく使える。
  • ソース中に画像のソースを指定して(img src=hoge.jp/hoge.jpgなど)、当ページのコンテンツのように見せた場合→法的には公表されている著作物であれば引用の要件をみたせばいいんじゃないかと思う。
  • 記事中にテキストでリンク先のアドレスを書く、表示させない形式でリンクを貼る→問題なし
  • 編集者がウィキペディア内に画像をアップロードして記事に使う(注記してコモンズに上げる、引用画像用のサーバーを立てるなど)→「単独で提供されうる場合は引用の要件を満たさないと判断される可能性がかなり高くなるのでウィキペディアではリスクを避けるためにもダメってことにしましょう」
  • 編集者がウィキペディア外に画像をアップロードして記事に使う→「単独で提供されうる場合は引用の要件を満たさないと判断される可能性がかなり高くなるのでウィキペディアではリスクを避けるためにもダメってことにしましょう」--Ks aka 98 2006年7月26日 (水) 11:01 (UTC)
引用画像用のサーバーを立ててもウィキペディア内ではimgタグは使えません。そもそも「フリーなメディアを集めること」を目的の一つにおいているコモンズでは米国法に基づくフェアユース画像であろうと日本国法に基づく引用画像であろうとアップロードは出来ないのですが・・・。
そもそも「単独」に当たるのか、という点に私は疑問を感じています。上でFuji 3さんが「画像管理の方法の問題」と仰っていますが、この例(外部サイト)の場合、記事中央付近に引用画像が用いられています。下部を見れば「画像が記事に附属している」ということが分かりますが、http://image02.wiki.livedoor.jp/p/5/paniponi765/d522cb30.jpg(外部サイトのためリンクは避けておきます)このようにすればやはりウィキペディアと本質的にかわっていないということが言えると思います。
もちろんウィキペディアでは画像を意図したページ以外に貼ることもできますが、それはcopyvioで、削除依頼に出す代わりにリバートをかければ済む、という問題です。--Kkkdc 2006年7月26日 (水) 12:10 (UTC)
ごめん。どこにどう疑問を感じているのかよくわからんくなってきた。それと、他の方はともかく、ぼくはGFDLのこととhtmlやらなにゃらのことは詳しくないので、わかりやすく書いてみてください。
その外部リンクの例でいうと、そのページでは引用の要件を満たしているとします。この場合、画像を著作権者に許諾を得ることなく使用することが出来るとしましょう(できる、と断定は出来ませんが、この仮定についての議論が必要なら、また別の話として仕切り直します)。
ところが、http~d522cb30.jpgでは、画像のみが表示されます。このような状態を「単独での提供される」と捉えているつもりです。ここでは引用の要件を満たさず、この画像のデータがどこにどのような構造で置かれているかどうかにかかわらずアップロードした人は送信可能化権を侵害していると判断される可能性が高いです。
ここまではオッケーですか?--Ks aka 98 2006年7月26日 (水) 12:40 (UTC)
なるほど、では、原理的に[x]htmlを利用したコンテンツを構築する上では、画像の引用は不可能である、という解釈をしてよろしいのでしょうか。インターネット上のコンテンツでもhtmlでなはなく画像を直接埋め込むことの出来る、例えばWordの文書だったりPDFファイルでは「単独」には当たらないでしょうが。そう考えると、ウィキペディアでGFDL画像がアップロードできる現状が全く理解できません。--Kkkdc 2006年7月26日 (水) 12:52 (UTC)
不可能と断言出来るかどうかは微妙かと。余談としてですが、上で挙げた高裁判決では「観賞性」が問題になっていたので、たとえば原著作物のごく一部だったりすれば、引用している側の文章がなければ何か分からなかったりって場合は可能かもしれません。
えーと、GFDLは、引用ではなく使用あるいは利用できるですよね?GFDLが求める要件について、著作権者が同意し使用許諾を与えている。使用する側は、GFDLが求めている要件に従ってこれを自由に使うことができる。これは、一定の要件を満たすことで著作権者の許諾を得ずしても著作物を使用することができる「引用」とは違います。引用の要件を満たすには、単独での使用ができるという状況はかなり致命的ですが、GFDL画像はGFDLに従って使用する範囲であればたとえ単独であっても著作権者があらかじめ使用を許諾しているから使えるのです。ここまでオケ?--Ks aka 98 2006年7月26日 (水) 13:34 (UTC)
ですから、GFDL画像を撮ってライセンスを付与した人間は、その画像がGFDLでライセンスされているということを明記していない使用を許諾していないと思います。画像だけを見せられて、その旨を読み取ることは出来ません。
GFDL日本語訳より「この利用許諾契約書、著作権表示、この契約書が『文書』に適用される旨述べた告知の三つがすべての複製物に複製され、かつあなたがこの契約書で指定されている以外のいかなる条件も追加しない限り、あなたはこの『文書』を、商用であるか否かを問わずいかなる形でも複製頒布することができる」この場合の「あなた」はウィキメディア財団のことということで。--Kkkdc 2006年7月26日 (水) 14:35 (UTC)
と、ここまでくると、あとはGFDL上の解釈の問題とウィキペディア上でのルールをどうするかという問題になっているということでよろしいでしょうか。契約書の内容をどこまで厳格に適用させるか、ウェブ上の「文書」についてどの程度技術的な制約を加味した上で解釈するかといったことは、著作権法およびその運用とはまた違うところで解釈論や慣習が形成されていきます。
ウィキペディア上の名前空間および画像ページに限ってなら、画像を表示させる際にGFDLに従うことは、いちおう満たされてると一般に解釈されているのですよね?で、そこで用いられている画像については、直接リンクをたどったりすることで単独で見ることはできるにしても、ウィキペディア上では単独で見ることは出来ない。
閲覧ができるということについては、著作者またはその許諾を得た者がアップロードしている以上、自ら送信可能化を許諾し、加えてGFDLの契約にある著作権の使用の許諾を与えているということになるような気がするのですが。ウィキペディアの画像のアップロードの段階や、著作権者以外の人が著作権者に許諾を得て画像のアップロードを行う際に、システム上画像だけの形で閲覧されることを示していない場合、あるいは、そのような閲覧が不可能であると謳っているような場合であれば、契約時の説明が足りないということで、著作権法以外の所で争いになる可能性はあります。なお、閲覧することは、著作権法上、著作物の使用とは考えません。
ウィキペディア上ではないどこかから直接リンクが張られるなどして、画像がGFDL画像であることが示されないまま閲覧されたとします。閲覧者がDLして印刷・配布・再アップロードなどといったかたちで使用しようとした場合、(何故か)GFDLに従っていれば、GFDL上の問題は発生しません(著作人格権などで著作権者と争いになる可能性はある)。GFDLに従っていない場合は、単に著作権の侵害となります。--Ks aka 98 2006年7月26日 (水) 16:25 (UTC)
それでは、GFDLでライセンスされている写真(紙に印刷されているもの)をウィキペディア利用者の誰かがスキャンして、それをアップロードしたら、送信可能化権の侵害と取られる、ということでしょうか。GFDLでライセンスされた画像は、ウィキメディアプロジェクトにアップロードされたものとは限らないでしょう。--Kkkdc 2006年7月26日 (水) 16:40 (UTC)
GFDLの運用について、「GFDL画像を撮ってライセンスを付与した人間は、その画像がGFDLでライセンスされているということを明記していない使用を許諾していないと思います。画像だけを見せられて、その旨を読み取ることは出来ません」と考える著作権者であれば、アップロードした者に対して訴えを起こすことはありえるかもしれません。ある著作物を、だれもがアクセス出来るような形でweb上に置くためには著作権者の許諾が必要です。「GFDL画像である」ということが、許諾に相当するかどうか、という問題は、GFDLの解釈・運用の問題だと思われます(その点については、ぼくは十分な理解をしていないです)。--Ks aka 98 2006年7月26日 (水) 19:36 (UTC)
○「原理的に[x]htmlを利用したコンテンツを構築する上では、画像の引用は不可能である」について
技術的に何らかの対応をしなければ、著作権違反に問われる可能性が高いと思います。
○GFDLの運用について
GFDLかどうかについては「一般人が通常の注意能力を払えば気付く」ようにしてあれば十分だと思います。画像上にライセンスを書いてもいいし、画像にリンクを付けてライセンス表示画面に飛ばしてもいいし・・・ということで。
GFDLライセンスの写真を紙からのスキャンであれ何であれ、GFDLで提供することをうたわずに他者に配布したらライセンス違反です。逆に再利用の際にGFDLの要件を満たしていれば問題ありません。単純に画像を印刷した紙媒体からはその画像がGFDLなのかどうかが分からないと思いますが、それは画像を印刷して他者に配布したものの責任になると思います(他者への配布時点でライセンス違反)。Fuji 3 2006年7月27日 (木) 03:39 (UTC)
他者への配布時点でライセンス違反というと、[Author]-->[Uploader]-->[Wikipedia]-->[Downloader]-->〔ライセンス表示のない複製物〕とあったときに、「ライセンスが分からない形で再利用している」[Uploader]に問題がある、ということでしょうか。--Kkkdc 2006年8月3日 (木) 16:38 (UTC)
GFDLの話についてだとして上記の例で考えると、
(1)著作者Aが画像を作成→(2)Aが画像をWikipediaにGFDLとしてアップ→(3)第3者Bが画像を印刷(この時点でGFDLライセンス表示部分への通常利用可能なつながりがなくなる)→(4)Bが印刷物を複製→(5)Bが複製した印刷物を第3者Cに渡す
このケースの場合、(5)の時点で著作権違反になるという意味です。GFDLライセンス違反になるタイミングも著作権違反になるタイミングと同じで考えていいと思います。Fuji 3 2006年8月4日 (金) 00:45 (UTC)

画像の引用について3[編集]

(32KBいったので節分けます)GFDLの件についても、「GFDLの解釈・運用の問題」ということで似たことが言えると思うのですが、流石に「[x|]html上で引用はできない」というのは「公正な慣行」という観点から見ても極論ではないでしょうか。感情論でしょうか。とはいえ、少ない資金でなんとかやってる(というと貧乏くさいですが)ウィキメディアプロジェクトに、必要以上のリスクを背負わせるのもよろしくありません。

根本的に、画像をダウンロードして表示している以上、「あらゆる手段をもってしても単独での表示をさせない」というのは無理です。これはインターネット上に限らないことかもしれませんが。(はさみで切るとか)

問題の大部分は、画像ページに単独で(記事と離れて)画像が表示されている、ということにあると思うのですが、これはcssjsを併用することで、「引用画像のページのみ表示しない」という運用が可能です。ただ、問題もありまして、

jsを無効にしてアクセスしてきたら?
全ての画像ページで見えなくなるだけです
cssを無効にしてきたら?
見えてしまいます。ただ、css無効のMediaWikiが閲覧に耐えるかどうか・・・。無効というケースは(インターネットの標準から大きく外れていたりで)現実的ではないでしょう。
ユーザースタイルシート (User:Kkkdc/monobook.css) 等で
解除することができます。まあ、投稿画面の警告とかも隠せちゃうんですけど。隠そうと思えば履歴情報だって・・・

とりあえず、これでひとまず対応できないでしょうか。当然ですが、これ以外の手段を用いたところでウィキペディアやってる以上リスクが出てくるのは仕方がないことなのですが。--Kkkdc (Disp / Conl) 2006年8月3日 (木) 16:20 (UTC)

そこまでやったところで、「画像全体の引用」はやっぱり難しいので(この辺の話の最初の所参照)、ガイドラインとしては難しいですよ。--Ks aka 98 2006年8月3日 (木) 17:45 (UTC)

「この話の最初」というのがよくわかりませんが、「全体」というのはどのような定義をされていらっしゃるのでしょうか。例えば、写真の一部分を取り出したら、「全体」ではなくなりますか。そういう意味ではないように見えますが。--Kkkdc 2006年8月3日 (木) 17:50 (UTC)

JavaScript、スタイルシートでの対応には懐疑的です。おっしゃるようにいろんな抜け道があるので。あと、この画像が引用画像で、この画像はライセンス画像であるという属性管理はどこで行うのでしょう?そのあたりもテーブル定義レベルから考えなければいけません。自分でソースが触れるのなら何かしら考えますが、そうでない以上、あいまいな仕様や要望でwikipediaのシステム構築権限者に負荷をかける気にはなりません。

システム仕様の問題が容易に解決できない以上、画像"全体"とかに関係なく、引用画像を認めるのは非常に難しいという結論でいいと思うのですがどうでしょうか?Fuji 3 2006年8月4日 (金) 00:59 (UTC)

「いろんな抜け道」確かにありますが、先述したとおり非常にトリッキーな方法で、これらに対処する必要は無いと思いますがいかがでしょう。またGFDL関連の話になりますが下部のText is available under GNU Free Documentation License.は勿論、履歴情報が見えないようにする、ということも可能です。xhtmlのソースに書いてあるからOK、という見方もあるでしょうが、ソースレベルで考えると<img>などただのリンクに過ぎません。
属性管理については、Javascriptで処理できるでしょう。if (!document.getElementById("quotedimage"))とでもしておけば、
  1. 既定では画像は表示されない
  2. 画像の説明ページに、id="quotedimage"がない限り画像を表示する。(もちろん、{{PD}}や{{GFDL}}がある場合のみ表示、というのも可)
という運用が可能です。引用画像用のタグにid="quotedimage"を埋め込んでおけばいいでしょう。(ローカルのMediaWiki 1.8alpha (r15930) で試してみましたがなかなか上手くいっているように見えます。)MediaWikiへの新機能追加要望、は考えていません。--Kkkdc 2006年8月4日 (金) 07:27 (UTC)

最初というのは「このガイドラインの対象について」の節。

「現在、引用の対象となる著作物を限定するかどうかについては議論中です」となっていますが、合意が得られるものは明記したいと思います。以下の点について意見をお願いします。

  • 画像
    画像は全体が含まれるから不可

写真の一部を取り出したら全体じゃなくなる>そういう意味です。引用は「原則として一部」。

個人的にはシステム云々とかライセンス云々は別にして、「引用」はできると思ってますが、できると断言出来る根拠はないです。出来ないとする根拠もない、という状態です。できないという判断がある以上リスクを冒さない方がいいという意見で議論が進められてきた。「引用」の要件を満たすのが難しく、「引用の要件」について広く理解が得られているか、議論の上で得られるかという点について疑問であり、ガイドラインとしては引用を避ける方向が好ましい、という結論ではないかと。ぼくが本来主張したいのは--Ks aka 98 2006年7月15日 (土) 12:16 (UTC)で書いたようなことです。--Ks aka 98 2006年8月4日 (金) 05:27 (UTC)

過去の議論を読んでもいまいち掴み取れなかったのですが、画像等マルチメディアファイルの引用に当たって妨げになっている事由には、どのようなものがありましたでしょうか。画像の場合はGFDLとの兼ね合いが一切ありませんから、問題は著作権法上だけになると思います。(文章引用も含めて)ガイドラインを明文化しないということは、削除の方針のケースBに合致するかしないかを、削除依頼で個別議論、という形になるのでしょうか。
ファイル引用に関して、「原則として一部」の基準に関する問題ですが、上の議論でもありましたが、やはり個別案件別で議論してゆくしかないでしょう。誰でも(ログインユーザーなら)ファイルのアップロードは可能ですから、ある程度明文化された基準が必要かと存じます。
現状でも多くの画像が著作権侵害で削除されています。vfdに上がるものは比較的少数ですが、「即時削除の方針 画像/マルチメディアの5」で削除したcopyrightedっぽい画像はかなりの数です。運用方法に無理があり、容易にガイドラインの枠内かそうでないか、を判断できず、結果的に黒っぽい画像が蔓延、というのは良くない結末です。
「全体」と「一部」の基準を含む、「引用の範囲内か」の議論については、さまざまなケースがありますから、包括的に議論することは不可能でしょう。「画像」など種別に分けて議論するだけですと、「縮小して使うような無駄に大きい画像は禁止」程度までしか掘り下げることができません。具体的な議論は、各ポータルやウィキプロジェクト単位で、加えて特にそれ以上の引用が必要だと認められる場合の議論は各記事のノートで、という形が望ましいと思います。ここではかなり具体的に、例えば漫画作品でしたら、表紙ロゴに加えて数文以上の説明があるキャラにつき1枚、とか。
ある程度慎重な議論が必要でしょうが、運用方法としては、「引用の範囲内である」ことが認められた議論に、画像のライセンス表示テンプレからリンクを張っておくべきでしょう。ポータルで包括的に決められたものに関しては、専用のテンプレートを作ればよいわけですが。
テンプレ等貼付するものの要件は揃っているが、対象の議論に合致しないと考えられるものは削除依頼行き。そもそも正しいテンプレが貼っていないものは{{nld}}、出典のないものは{{nsd}}でしょう(テンプレートは一例です)。どこからも参照されていない画像はSD対象にしてしまって構わないと思います。
画像の場合は明確なガイドラインを新たに立てなければまず引用は不可能なわけですが、どちらにせよ、ある程度細かく分けて議論しない限り、明確な線引きは困難だと思います。--Kkkdc 2006年8月4日 (金) 07:27 (UTC)

画像メディアの引用に関する問題[編集]

>過去の議論を読んでもいまいち掴み取れなかったのですが、画像等マルチメディアファイルの引用に当たって妨げになっている事由には・・・

画像以外のマルチメディアについて扱いが違う可能性があると思うので、とりあえず画像だけの話に絞ります。

  1. 外部の画像をGFDLライセンスとして獲得することは難しい=引用の要件を満たさない限り使用不可
  2. 画像は画像ページで画像単体として提供されている。このページは引用の要件を満たしていない

以上の2点だけです(そのつもりで話をはじめました)。

  • (3)について、記事ページ自体では画像を引用と認める余地はあるので、画像ページをどうにかして"引用として"画像を使えるようにしませんか?というのが直近の話だったと思います。画像ページをどうにかできることが前提で、はじめてKkkdcさんの言うような運用が考慮できるのだと思います。現状は「画像引用はダメ」として、別途「画像引用可能化プロジェクト」を立ち上げるのがいいと思うんですがどうでしょうか?Fuji 3 2006年8月4日 (金) 09:05 (UTC)
とりあえず、文章引用についてだけでも草案をリリースする、ということでしょうか。--Kkkdc 2006年8月4日 (金) 11:05 (UTC)
文章は引用できる例をガイドラインで提示、画像については「画像引用可能化プロジェクト」の結果が出るまでは基本的に禁止(どうしてもと思えば自己責任(個人情報開示含めて)で)ということを草案に記載というのがいいなと思っています。Fuji 3 2006年8月7日 (月) 04:58 (UTC)

えーと、ほとんどの「具体的な議論」について、判断を下せるのは裁判所だけです。明らかに白、という画像の引用は、ほとんどないと言ってもいいでしょう。著作権法にある程度詳しい人ならば、多少の判断は付けることができると思いますが、それにしても、画像の引用については、法的な基準はそれほど明確ではなく、多かれ少なかれリスクは生じます。

問題は、

  1. 「引用の要件」は個々の事例についてそれほど明確な線を引けるものではなく、その解釈の範囲については最終的には司法の判断を待たなければ確実なことは言えないと言うこと。
  2. 直接画像のみを表示ができてしまうということ。
  3. 画像の引用の場合、紙メディアにおいても広く知られた明確な慣習があるわけではないということ。
  4. 画像の全体を表示するケースが多く、この場合は引用として認められる可能性が少ないということ。
  5. そもそも「引用の要件」を満たしていない画像の使用が多いであろうということ。

といったところでしょうか。

「例えば漫画作品でしたら、表紙ロゴに加えて数文以上の説明があるキャラにつき1枚」という例で言えば、表紙・ロゴは確実に大丈夫だとは言えません。書評などでの表紙の使用が「引用」か「権利の不行使によって黙認されている慣習」なのかは明らかではなかったかと記憶します。キャラについての説明も、数文あるからといって、使えるとは言えず、その数文の内容によります。そのような判断を下すのは、現実的には不可能です。そもそもweb上での引用は成立しないと言う意見もありますから。

漫画評論においてコマ絵を掲載することが引用の要件を満たすかどうかについて司法判断が下されたのは、2004年の「脱ゴーマニズム宣言事件」ですから、たかだか2年前のことです。

線を引くとすれば、かなり難しいから適法な引用であってもGFDLライセンス以外の画像の使用は全部ダメというところになると思われます。もちろん、引用の要件を満たすと判断できるのであれば画像を掲載することをよしとするというガイドラインも可能だとは思いますが、現実的には引用の要件を満たさないまま引用として画像を用いる事例が圧倒的に多いと思われますし、その削除の際にいちいち議論し、著作権法の条文や判例を挙げながら納得してもらうまで対話を続けるのは、労力的にも人員的にも困難ではないかと思うのです。--Ks aka 98 2006年8月4日 (金) 10:15 (UTC)

最終的には裁判所の判断がなければ確実なことはいえない、というのは確かでしょうが、それを以って危険とするのは早計且つ非生産的でしょう。そもそも、それですと「あの案件が裁判所でOKだったからこの類似案件も大丈夫」などという判断が出来る気がしません。多かれ少なかれリスクが生じる、というのは理由になっていません。極論ですが、なるべくリスクを避けたいのならウィキペディアなんて閉鎖してしまえばいいだけの話です。最終的にリスクを背負うのはWMFであるでしょうが。--Kkkdc 2006年8月4日 (金) 11:05 (UTC)

いや、ウィキペディア上での画像の引用というのは、「ほぼ大丈夫っぽいけどまあ最終的には裁判所の判断だよね」というものではなく、適当な判決などもほとんどない、よくわからないものなのです。

現実的に、たとえば、ある漫画の描線についての論考のなかで、ある登場人物のあごのラインを拡大して掲載するような場合であれば、ウィキペディア上では画像であっても引用の要件を満たすと判断できると思います。その上で、画像ページの存在について議論することになると思います。

しかし、数行の記述をもってキャラクタ画像が使用できるとは考えづらいですし、そのような認識で「引用」が解釈され、引用の名の下に画像が使われることが最大のリスクではないかと。

たとえば、引用としてGFDL以外の画像を用いたい場合、最初の執筆者とその画像を掲載した記事を編集する人はログインの後に個人情報をウィキペディアに提出し、裁判となった場合には個人として争うという契約を結ぶとかいうことなら、それはそれでアリかと思います。--Ks aka 98 2006年8月4日 (金) 12:17 (UTC)

再スタート[編集]

結局は個々の法解釈の問題ですから、現状の議論は「お互いの説得」に帰着しているように思えるのですが、いかかでしょうか。たとえここの議論に参加している人間が一つの解釈に落ち着いたとしても、「説得」を再び、こんどはコミニュティ全体に行わねばならないということになります。ウィキペディア日本語版がどの解釈を採用するかはコミニュティの合意によって決められるわけですので。

ここの少ない人数だけで議論して一つの結論を得るよりも、解釈案(もちろん、最終的に画像引用は不可というものも含む)を複数用意し、コミニュティ全体でどの案をとるべきかを審議してゆく方向性のほうが、平行線の議論で白黒が付かない、という事態を防げると思うのですがいかがでしょう。

それと、「別途『画像引用可能化プロジェクト』を立ち上げるのがいい」とありますが、文章引用の方は「ガイドライン」として削除の方針のBに当てはまるかの指針を示すもののようですので、「現状では一切引用の出来ない画像」についての方針とは別になることでしょう。文章引用の方は、それ自体が新しいきまりを提示しているわけではありませんので。 --Kkkdc 2006年8月19日 (土) 05:18 (UTC)

ざっくり読み返してみると、けっこうすれ違っているような気もするので、まずは問題点をまとめてみませんか?たびたびもらしてたと思いますが、ここでいう「画像の引用」が何を指すか、が、いまひとつ掴めていないです(ウィキペディアの仕組をいまいちわかっていないのも大きいです。すみません)。ちょっといくつか挙げてみます。

  1. コモンズにあるGFDL画像を記事に掲載する→これは「使用」
  2. コモンズにある画像のうち、日本の著作権法では使用できないものを「引用」する
  3. GFDLに則らない画像を、引用のためと注記するなどしてコモンズに置いて(置くことにして/置けるようにして)、記事で「引用」する
  4. コモンズ以外にある画像を引用として(表示できるようにして?)表示する。
  5. コモンズ以外にある画像へのリンクを張る(問題なし)

--Ks aka 98 2006年8月19日 (土) 08:49 (UTC)

コモンズは「フリーなメディアを集める」ことを目的の一つにおいていますから、(財団ロゴ等例外除き)「フリー・コピーレフト」な画像のみが集められています。よって、コモンズにフリーではない画像をおくことは(多分どうやっても)不可能です。また、コモンズにある画像はどの国の法律の下でも、自由に使用できることになっている筈です。日本語版Wikipediaにアップロードできる画像はGFDL/PDのみですが、コモンズにアップロードされている画像 このファイルは$1のものであり、他のプロジェクトで使用されている可能性があります。 こいつがでてるやつはどのWikimediaプロジェクトでも使用することが出来ます(技術的にも、権利的・方針的にも)。

また、英語版ウィキペディアでは米国法の「フェアユースの法理」に基づいて、「フリー(コピーレフト)ではない」が著作権的に問題はない、という画像が使用されています。前述のとおりコモンズにはフリーな画像のみ集められますから、上のようなフェアユース画像は英語版のローカルにアップロードされています。

日本法に基づく「画像引用」を行うためには、日本語版ウィキペディアの方針を改定し、ローカルに現状でアップロードできるGFDL/PD画像に加え、著作権法上の引用に基づく画像もアップロードできるようにする必要があります。

日本語版ウィキペディアで使用する画像のアップロード先には、日本語版ウィキペディアローカルウィキメディア・コモンズの2つがある、ということはご理解いただけていますでしょうか。 --Kkkdc 2006年8月19日 (土) 11:06 (UTC)

ご理解してなかったですー。申し訳ない。こういうことですか。

  1. コモンズにあるGFDL画像を記事に掲載する→これは「使用」
  2. コモンズにある画像のうち、日本の著作権法では使用できないものを「引用」する→これは存在しない
  3. GFDLに則らない画像を、引用のためと注記するなどしてコモンズに置いて(置くことにして/置けるようにして)、記事で「引用」する→置けない
  4. ローカルを、引用として用いるための画像をおけるようにして、表示する。
  5. コモンズ以外にある画像へのリンクを張る(問題なし)

で、話は「ローカルを、引用として用いるための画像をおけるようにして、表示する。」に限定する。ということで進める。 --Ks aka 98 2006年8月19日 (土) 11:17 (UTC)

そういうことになります。んで、それを行う上での現在提示されている問題点は

  1. 画像の説明ページの問題(システムの都合)→「単独で提供されうる場合」の話(ここまでの主な論点はここ)
    →css+jsによる対応/ただの杞憂か
  2. 「引用」の乱用→著作権的に問題がある画像が溢れて収拾が付かなくなるかも(人手の都合?)
    →判断システムの単純化で対応できるか/むしろ、文章引用となんら相違はない?

他にもなにかありましたでしょうか・・・ --Kkkdc 2006年8月19日 (土) 12:15 (UTC)

さて、この場合、GFDLはまったく関係ありません。GFDLライセンスは、著作権者による著作物の使用許諾であって、「引用」は著作権に制限を加えて著作権者の許諾を得ずに著作物を用いるものですから、GFDLであろうがなかろうが引用の要件を満たすならば著作物を「引用」できます。また、これは著作権法上の問題である以上、どのような状態であれば引用の要件を満たすのか、単独での提供がなされる場合にも成立するのかという問題は、ウィキペディアの合意は何の役にも立ちません。裁判所が条文や判例を参照しつつ決定するものです。しかし、裁判になるまでは何もできないと言うことではなく、条文、判例、下級裁判所の判決、主要な解説書や学説などを参照して、ある程度の予想を立てることはできます。ある運用方法を選ぶ際に生じるリスクを抱えこむかどうか、どこまで抱え込むことができるのかという点については、コミュニティの合意が必要でしょう。

1) ローカルに置いてある画像が単独で閲覧できるようになってしまった場合、これは引用の要件を明らかに満たしませんから、ウィキペディア上で本文と一緒になっている場合のみ表示され、単独で閲覧することは不可能とする対策を採る必要があります。これはおそらく間違いない判断で、ウィキペディア本体を見ると大丈夫でも、ローカルは、アクセス可能な状態で画像が置いてある場所であり、本文では適法に引用している限りどのような著作物でもローカルに置けるわけですから、著作者の権利を侵害すると判断されるでしょう。アップロードしたのはウィキペディアンであり、管理しているのはローカルなのですから、侵害者ではないと逃れる術もないと思われます。

2) 画像の引用は、文章の引用よりも一般的ではなく、判例や学説の蓄積も十分ではないので、グレーゾーンがかなり広いという問題がまずあります。たとえば、幾度か挙げられている書影について考えると、

  • 書影はイラストレーターや写真家の著作物であり(小説家や出版社の著作物ではない)、おそらく大丈夫という「引用」をするには、その書影そのものについての紹介や評論を行う必要があります。漫画なら、作品のことではなく、表紙絵についての言及が必要、ということです。
  • 出版社などは、書評や紹介などで書影が使われているのは、引用ではなく「使用」であるが、権利を行使していないと主張していることが多いようです。つまり、好意的な書評や営業上効果がある場合は黙認し、そうでないときは権利行使する可能性があります。百科事典での記述であれば、よほど否定的な見解は示されないのであって、広く黙認されているから大丈夫という判断ができるかどうか。
  • 本の表紙などはあくまでその内容に帰属しているものであるから、作品全体について言及している場合に全体を表すものとして書影で代用しているのであて、これを引用しているという考え方もあるでしょう。しかし、このように解釈するには、写真家やイラストレーターが、表紙として用いることを許諾した段階でそのような利用を前提としているかとか、かなりややこしい話が必要となりそうです。適当な学説などが見つからなければ、法解釈としては怪しいように感じますが、まあ大丈夫かなと言う感覚もあるわけで、判断は難しいところとなりそうです。

その他、キャラクターの著作物性、何の著作物か、などなど、ヤヤコシイ問題はいろいろあります。それについて考えるには、たとえばポパイネクタイ事件や藤田嗣治絵画複製事件の高裁判決やゴーマニズム事件などは当然知っているというようなところから、踏み込んでいくというような話だと思うのです。そのような議論を経て、なんらかの線を引き、合意を得て、画像の引用が可能になることは、個人的には喜ばしいことですが、ご指摘の通り濫用の可能性がある一方で、著作権関係の削除依頼などの議論を見ていると、引用の要件を満たしているものであってもリスク回避のために削除され、事実上引用不可能な状態になるという不安もあります。理性的なユーザはアップロードや引用を避け、無茶を怖れないユーザが侵害となるような使い方をするというような結末を迎えるくらいなら、画像はしない、というのが楽なのでは、というのが個人的な意見です。--Ks aka 98 2006年8月19日 (土) 14:08 (UTC)

「ローカル」という語の指すところがよく分かりませんが、ひとまず「日本語版ウィキペディア」に読み替えます。結局元通りの議論になったようですが、ひとまずは包括的な議論がしやすい1番について。
繰り返しますが、そもそも通常インターネット上では画像ファイルは単独のファイルで提供されます。サーバー側にも別のファイルとして保存されています。大抵のブラウザは一度そのファイルをハードディスク上の何処か(Temporary Internet Filesフォルダなど)に保存して(キャッシュ等)います。ユーザーはパソコンからそのファイルを見つけ出して単独で表示させることが出来ます。
これでは、引用は出来ないでしょうか。そう解釈される方もいらっしゃるかもしれません。そもそも、「単独」の基準をファイルにおく解釈も絶対とは言い切れませんが、それを言っているとキリがないのでひとまず。
この他にも、全く運の悪いことに、MediaWikiには「画像の説明ページ」という悪魔が棲んでいまして、現状のシステムですと、ここには「画像を表示せよ」という命令と引用元(画像の説明文)、そしてその画像(従)に対する「主」へのバックリンクが張られています。「画像を表示せよ」という命令は、#画像の引用について3で述べた方法で打ち消すことが出来ます。様々な解釈論を展開すればこの措置をとらないような論理も成立しうるわけですが、取れる策はとっておいたほうが良いと思うので。画像名前空間のページ問題についてはひとまずこれで問題ないでしょうか。 --Kkkdc 2006年8月19日 (土) 15:25 (UTC)

知識と語彙がすれ違っている感じです。うまくはまれば話が早かったりしそうな気もしつつ。

読み替えはそれでお願いします。

ユーザ側のキャッシュについて、ユーザが複製している点については、私的複製でごまかすってのが有力な意見となっていたと思いますが、ユーザに複製が可能な状態にすることは、著作権侵害です。グーグルのキャッシュはしばしば裁判になって負けたり和解したりしていますグーグルか著作権か。法的には日本にはフェアユースすらないので、かなり辛いです。これを技術的に回避する方法があるのならば、なんとかなるようにも思いますが、俺の知識では「画像の引用について3」は理解できません。他の方の参加を待つしかないと思います。ついでに、「コモンズ以外にある画像を引用として(表示できるようにして?)表示する。」は技術的にできないですか?といったところで、次に進みますか?--Ks aka 98 2006年8月19日 (土) 18:22 (UTC)

えーと、Googleのキャッシュの話の連関がよく・・・。とりあえず、「引用画像」を使用するためには、日本語版ローカルにアップロードする以外の手はないと思います。画像の引用について3の内容は、単に画像の説明ページにでかでかと出ている画像を表示しないようにする手段、ということです。--Kkkdc 2006年8月19日 (土) 18:49 (UTC)
よくわからんやつはぼくの不適切な説明である可能性が大きいので、適当に無視してくださいー。
1)について。
基本的には、引用以前に、送信可能化権を侵害しているかどうかってところ。本文中の記述が引用の要件を満たしているとしても、引用の要件を満たさず画像を単独で表示することができる限りは送信可能化権の侵害を免れないんじゃないかというのがぼくの判断で(著作権法第二条九の四、九の五、および二十三条)、画像をウィキペディアに置くなら画像を埋め込んだ形じゃないと「引用」で権利制限てのは無理なんじゃないかという風に考えています。問題は送信可能化の解釈なのだと、ようやく思い至った。もうちょっと調べてみます。GFDLの場合は「引用」ではなく「許諾を得た使用」で、インターネット上のGFDL準拠の百科事典であることから著作権者が単独で表示されることもあるということについて暗黙の許諾をしているとみなすことができるのかもしれない(自信ないけど)。他方、ここで考えている「引用」は、GFDLやウィキペディアの理念と無関係な他人の著作物を用いるのであって、世の中には著作権法で認められた「引用」すら「禁止」するサイトが多い現状では、著作権者が権利行使しないことを想定するのは危険かと思います。
画像ページで表示せず、画像は引用のためにおいてある物だと明記し(可能なら他の記事に使用不可とするのが望ましい)、記事にも引用として用いているのだと記述する、として、必ず当該画像が引用によるものだと認識させるために手をこらすことで、訴訟されるリスクをある程度軽減することは可能だとして、話を進めることにはやぶさかではありません。
なお、画像の大きさや解像度を落とすことで原著作物の使用を妨げない方向での対処は、同一性保持の問題を同時に抱え込みます。--Ks aka 98 2006年8月20日 (日) 12:15 (UTC)
「画像を埋め込んだ形」ということですが、「実体」のない電気計算機上においてどのような単位で物事を考えるのかこんがらがってきました・・・。書籍とかなら「紙一枚」というのがあるところですが。
「ファイル」単位では全く別に提供されているものですが、ウィキペディア側が「切り離さないでね」といって同時に提供している以上、「別途に提供されている」「単独で提供している」とも言えないのでは。
(もともとGFDLは必ずしも電子メディア用途に作られたわけではないらしいです)
「可能なら他の記事に使用不可とするのが望ましい」ですが、多分無理です。。。まずは監視を怠らない(これは現在のcopyvio対策と一緒です)ことでしょう。
>同一性保持の問題を同時に抱え込みます
えと、わざと解像度を下げて「こいつはこんな写真しか撮れない」というような旨を主張させるのは問題でしょう少なくとも。かといって、高解像度/大サイズで縮小しなければ記事に使えないほど、というのもいけないですから、やはり「そのままのサイズで記事に使える」が過不足ないかと。
あと2) についてですが、[2]のようなものを覗くと、「引用」の拡大解釈的「常識」が蔓延っていらっしゃるそうで、場合によっては問題のある画像が蔓延し、訴訟になって負けるという結末を想像することは困難ではありません。もちろんここは法律分野とはちょっと違う話で、コミニュティの合意に委ねられている部分ではあるのですが、スマートで現実的な運用基準・方法を立てることも重要かと思います。 --Kkkdc 2006年8月20日 (日) 13:13 (UTC)

インデント戻す。「画像を埋め込んだ形」てのはずいぶん前にKkkdcさんが書いてたと思うんですが…。pdfとかワードとかを挙げていたしたと記憶します(←確認してない)。

「ウィキペディア側が「切り離さないでね」といって同時に提供している」と言っても、切り離される以上無理ちゃうか、と。印刷物での引用でもはさみで切ったら独立したものになる、というのが、ネット/電子計算機上でどういうことにあたるか、ていうのを考えると、「やぶさかではありません」の段落の話も一筋の光ではあるのですが…。

解像度と同一性保持は、えーと、藤田嗣治絵画複製事件S60.10.17東京高裁「そこで、進んで主従関係の点について判断するに」から「鑑賞性を問題にすると美術著作物の引用は不可能となるということもできない。」あたりまでを参照してみてください。

2) については、引用の拡大解釈(1の引用の解釈はまったく成り立ちません)がはびこっている一方で、極端に権利保護の「常識」もはびこっています。

youtubeからの引用については、2は、それなりに説得力があります。外部画像をウィキペディア上で表示させるとか書いてたのは、これを想定していました。トラフィックとかの問題で、嫌がられる可能性も高いですが。--Ks aka 98 2006年8月20日 (日) 15:51 (UTC)

「画像を埋め込んだ形」たしかに「ファイル」という単位で考えればそうなのですが、みかたを変えれば逃げ道、むしろつけこまれどころはあるかなあ、と。端的に言えば、テキストと画像をzipだので圧縮したら、それは一つのファイルですが、「解凍ツール」という「はさみ」を使うことによって分断することが出来ます。flashに含まれている画像を切り出すツールがあった気がしますし。
>外部画像をウィキペディア上で表示させる
分かりやすい例で行けば、<img src="http://test.example/foo.png" alt="ばあ">とかやる、ということですか。まあ、解禁されることはないと思いますが(セキュリティ上の問題を含む)よくリンクはOK、埋め込み型参照(画像やインラインフレームなど)はNG、みたいな説を(引用とは直接関係ありませんが)耳にします。上のyoutubeはわざわざ外部から直接参照できるようにしている側面もあるのですが。ともあれ、別にそれだったら画像へリンク張るだけと大して変わらないかなあ、と。
ウィキペディアに画像を置くことのメリットは、「インターネット上にリソースのないものも引用できる」「人類の『知識』たる画像を恒久的に残せる」ところにあるのでは。
「鑑賞性」を問題にするときに、一つ重要なのが画像のサイズだとは思うのですが、これを電子の世界において単純な視覚的大きさ問題に落とし込むことは出来ません。私の環境で小さく見える画像が、他人の環境で同一の大きさで見えるとは限らないからです。しかしながら、どちらの環境へも「データ」自体は同じであり、大きく見えるのはいわば「無理やり」引き伸ばしているだけであって、これは深刻な画質の低下を招きます。結局のところデータの情報量=ドット数(大体100-200pxくらいでしょう)で判断することになるわけです。
脱ゴー宣のカットを見た限り、あの程度なら「鑑賞性はない」と判断されているのでしょうか--Kkkdc 2006年8月20日 (日) 18:51 (UTC)
>ウィキペディアに画像を置くことのメリットは、「インターネット上にリソースのないものも引用できる」「人類の『知識』たる画像を恒久的に残せる」ところにあるのでは。
これは同意できないというか、ちょっとおっかないと思います。
>ウィキペディアに画像を置くことのメリットは、「インターネット上にリソースのないものも引用できる」「人類の『知識』たる画像を恒久的に残せる」ところにあるのでは。
これは間違いでしょう(特に後者)。GFDL/コピーレフトの発想は、著作権法が情報流通のボトルネックになっていることから、自分たちの著作物については一定の条件を課すことであらかじめ使用許諾を与えるということであって、これまでに創作された著作物を便利に使えるようにするものではないはずです。GFDLにおいては文章であっても引用は不可という意見もあるのですよね。基本的な方針の2には「著作権を侵害しない」と書かれています。「人類の『知識』たる画像を恒久的に残」すかどうかを決定するのは著作権者です。自身が著作権者ではない著作物を恒久的に残すことを目的とするのであれば、閲覧不可にして保護期間が切れるまで待てばよいのです。
百科事典では、引用をせざるをえない局面はでてきますから、そのような場合でさえ引用を避ける必要はなく、GFDLは自由な改変を認めるといえど法の要請によって制約を受けるという解釈し、引用の要件を満たし続けることで引用を可能にする、ということであれば、齟齬を生じないと思います。
ゴー宣は、引用する必要性が強いのと、著作物の一部てのが大きいと思います。画質で言えば、たとえば写真や絵画を印刷物上で引用する場合の慣習として、切手で隠れる程度というのがあるという意見を聞いたことがあります(実際に慣習として認められているか、裁判で認定されるかどうかは別として)。これに従って、画面での表示が切手で隠れる程度で72dpiというのを目安とすることは可能かもしれません。それでもダメだという著作権者もいるかもしれません。ひとまずこの目安でいけるという判断になったとして、たとえばユーザの環境に拠らず72dpiで切手で隠れる程度を強制的に保持しないといけないという意見もあり得ます。文章の引用にはblockquote使えという人もいらしゃるようですし。先に挙げた判決では、紙質や掲載場所も判断基準となっていますから、ほどほどの大きさで記事中で使うのであれば、データ的にはもっと大きくて大丈夫かもしれません。ネット上での画像の引用の前例が少ないので確定したことが言えないという感じ。ああ、ヤフオクは引用で、かなり大きいですよね。
えと、今のところぼくは、ファイルがどうこうは、あんまり考えてません。単に、どういう風に見えるか、と、それをウィキペディアが提供してるかどうか、てこと。どういう仕組かはわからないけど、とにかくウィキペディアが提供しているのは引用の要件を満たしているものだけ、という状態なら大丈夫だろう、と。
ツール使って切り出すことまでは、印刷物での引用でハサミ使うのに相当するとして考えなくていいんじゃないかなー。--Ks aka 98 2006年8月21日 (月) 18:33 (UTC)
「自身が著作権者ではない著作物を恒久的に残すこと」自体を目的としているのではなく、ウィキペディアが(コピーレフトの理念を導入することによって)永久に使うことの出来る百科事典を目指している限り、その補助として重要な意味を持つ画像もまた永久に閲覧できるべきです。その側面からでは、「保護期間が切れるまで待てばよい」という意見は正しいですが、「現在の姿」を捉えた場合、百科事典としての独立した体裁を維持するために、外部の画像へのポインタに頼るのは望ましくないことだと思います。
もちろん、引用された画像は「フリー」ではないわけで、GFDLやCCなどに比べて将来的な安心感に欠ける、所詮は「今の体裁」だけの刹那的なものなのかもしれませんが。
話が逸れたかもです。2) についてですが、(運用方針として)決めるべきことは、「(記事本文との主従関係などの)引用の要件を満たしているか」の判断をどこでさせるか、ということかと思います。
  1. 各人の判断でアップロードはさせて、怪しいと思われたものは削除依頼で議論する(おおもととなる指針はプロジェクト文章の形であるにせよ)
  2. はじめに細かなレベルについてまで議論を済ませて、正当性主張の裏付けとなる議論へのリンクを置いた形でアップロードをさせる
大きく分けると、画像ありきの議論(前者)と議論ありきの画像(後者)に分かれると思います。現状の文章引用は前者のスタイルに近いものがありますが、件数が増えてきたときに上手く回らなくなるでしょう。対して後者は(「細かな」のレベルにも依りますが)小回りがきき易い、議論が冗長、などの問題点はありますが、ある程度判断・作業が簡略化されることでしょう。--Kkkdc 2006年8月21日 (月) 19:08 (UTC)

それた話については、画像の著作権者がGFDLライセンスを認める場合については、永久に使えるようにするべきであることに同意します。そうでない場合には、あくまで著作権法を守ることを優先するのが法的な要請のみならずGFDLおよびウィキペディアの目的に合致すると言うことです。

さて、2)の指針についてですが、いずれにしてもガイドラインを決めなければなりません。まず法的に守らねばならない、いわゆる「引用の要件」がありますから、これを明らかにし、いくらかの解説を加えることは必須でしょう。これを守るということについてはコミュニティの合意を得る必要すらないと思われます。ここでは、画像の著作物性や、誰の著作物かといった点についても補足しなければいけないでしょう。英語版のコピーライト関係の記事で保護期間切れの例に挙げていたミロのヴィーナスについて写真の著作物としての保護期間についてのツッコミが入っていたのを見た記憶があります(その後は見てませんが)。文章の引用についてもこれを試みることで現状が改善されるかもしれません。

適用について、いくらかの解釈の相違はあるでしょうし、ネット上でデジタルデータを扱う場合での解釈は、もっといろんな論が出てくるでしょう。これらについて、リスクを極力避けるか、法的に認められるはずのものはよしとするか、ある程度リスクを回避した上で現行法では認められないものを許容してしまうか、各人にまかせるか、という方向性については、合意が必要でしょう。リスク回避でもっとも確実なのは、画像の引用をウィキペディアとして認めないという判断です。たとえば歌詞の適法な引用は、JASRACからの警告を受ける可能性はあり、場合によっては訴訟となるリスクはありますが、裁判となっても引用の要件を満たしていれば法的に問題ないはずですが、これをウィキペディアとしてどう扱うか、というような議論があってもいいでしょう。

2については、二通りの読み方ができるのですが、

あらかじめ議論を行ってガイドラインを明確なものとすることで判断に悩む時間を節約し、1の手間を軽減するということでしたら、これは可能でしょう。

個々の案件についてノート欄などでの議論を想定しているということだとすると、その議論を進めている人のなかに、一定の著作権についての知識が必要ですが、現実的には無理ではないかと思われます。リンク先にある議論が法的根拠に基づかないものであれば1と同じかと。

画像については、たとえば

3. 画像引用申請所を作り、本文と対照の上議論を行い認められたものだけがアップロードできる。

という選択肢はいかがでしょうか。 --Ks aka 98 2006年8月22日 (火) 18:05 (UTC)

「申請」だとどうもとげとげしいので、スタイルとしてはおそらくコメント依頼のような、「告知所」という感じになると思います。ただ、「1週間異論がなかったので」をどうするかですが。--Kkkdc 2006年8月22日 (火) 18:30 (UTC)

画像と記述の関連度[編集]

#引用の可能な例ではガイドライン自体に例を示そうということになっていましたが、画像の方は方針策定時点で実例に基づいた議論が必要そうです。今出ているのだとキャラクター絵と表紙の扱いだと思いますが、

  1. 特定の作品について説明するページで
    1. その作品の登場人物全体、全体の世界観などが表されている画像(
    2. 登場人物の容姿について説明があるページに、その人物の画像を引用する(例: ドラえもん (架空のキャラクター)th:ภาพ:Ch-doraemon.gif
    3. 登場人物について、容姿の詳細な記述はないが、その人物絵を引用する(例: シャア・アズナブルen:Image:QuattroBajeena.jpg
    4. ロゴ自体に関する直接の記述はなく、アニメ・表紙などのロゴ(
  2. 特定の小説についてのページで、作品とは直接関係のないと思われる表紙画像(イメージ画など)を引用(例: Amazonのトップにあった
  3. 特定の芸能人について説明するページで、雑誌や書籍、CDジャケットなどに掲載された
    1. 人物画像、ただし容姿に関する記述はなしそんなもの書いたら荒れそうだ(例: 大塚愛en:Image:Ai Otsuka.jpg
    2. サイン(サインについての説明がない)
  4. 特定のゲームのシステムについて解説するページで、実際の画面のスクリーンショット(例: 東方妖々夢 ~ Perfect Cherry Blossom.en:Image:PCByukari140.jpg
  5. あるバンド特有の音楽性を解説しているページに、楽曲の一部を引用する
  6. 特定のソフトウェアの機能を解説するためのスクリーンショット

とりあえず以上の例についてご審議いただければと思います。1-4, 2, 3-2あたりはかなり怪しいですが。--Kkkdc 2006年9月17日 (日) 07:40 (UTC)

過去に議論しているような、単独で表示ができることや技術的な制約についての話はさておくこととします。つまり、たとえば紙のメディアで著作権法上の「引用」と認められるかどうか、ということから考えれば、厳しめに見て、

  • 1-1は、フェアユース規定のない日本では不可。
  • 1-2については、引用元を明記する必要がありますが、それで要件を満たすことになるでしょう。
  • 1-3は、当該イメージはCDジャケですが、これもフェアユース規定がなければ不可。
  • 1-4は、例の画像は画面キャプチャなので、映画の著作物の一部となるため、使用不可。ロゴ部分のみであれば、商標法の範疇では?
  • 2は、写真だかイラストだかわからないですが、その著作権者の許諾が必要とする意見がある。引用としてもいいかもしれないと、個人的には思いたい。
  • 3-1は、雑誌や書籍はまったくダメ。CDジャケもフェアユース規定のない日本では不可。肖像権も絡む。
  • 3-2はよくわからん。
  • 4は、その画面についての説明があれば。
  • 5は、楽譜であれ音声ファイルであれ法的に可能ではあるが、警告はくると思う。裁判で負けない可能性はそれなりに高いけど、裁判になる可能性自体が高い。
  • 6は、4に同じ。

ただし、不可としている部分については、大丈夫な可能性も無くはない。--Ks aka 98 2006年9月17日 (日) 15:44 (UTC)

どうもです。えーと、CDジャケと映画は無条件でNG?(実を言うと1-3の例がジャケであることは意識してませんでした)3-1については、根拠がよく分かりませんでした。非営利使用上の商標と肖像権(パブリシティ権)についてはよく知らないのですが、1-4はロゴ自体に関する解説がない限りNGか。(根本的に営利非営利は関係ないのかもしれませんが、とりあえずWikipediaは非営利ですので。)2と1-1の違いが個人的には理解できませんでした。

5について。まあ、恐らく管理団体さんから警告は来るでしょう・・・。残念ながらWMFに日本で徹底抗戦するような胆力はないので、まあ少なくとも「事情」によりJASRAC管理曲はNGということにしておいたほうが無難ではあるでしょうね。ただ、#このガイドラインの対象についてで仰っているようなことを踏まえると、楽曲については全面禁止、ということになるでしょうか。--Kkkdc 2006年9月17日 (日) 16:12 (UTC)

1-1とか1-3は、en(というかアメリカ)のユーザはフェアユースで使っています。1-1はリンク先によれば、宣伝用素材として配布されているものなのでフェアユースとしているが、日本では宣伝用素材の自由使用を認める規定はない。1-3はCDジャケで、たぶん2についてもenならフェアユース規定で使える。で、ポイントとなるのは、enではフェアユース規定があるために、これらを「引用」する必要がないと言うことなのですよ。
日本ではフェアユース規定がないので、常に引用の要件を満たす必要があります。で、それは出典を記して本文と区別できるようにするとして、その著作物を使う必然性があるかどうか。非営利かどうかは、日本ではまったく関係ないと思ってください。
本の表紙とかCDジャケとかは、著者や歌唱者や作詞作曲家ではなく、表紙のイラストや写真が著作物となりますから、その著作物についての著作権が利いてくる。ここと、そのリンク先(切れてるので松沢氏のやつのググルのキャッシュ)を参照。要するに、当該ジャケットに使われているまさにその写真またはイラストについての記述がなければ、本の表紙やCDジャケについては引用の要件を満たせない。逆に法的には、本の内容や音楽については語る必要なし。
「個人的には」以下は、それを承知の上で、CDや本の表紙が書評などで紹介される際に掲載される慣習があり、CDや本の内容と関連づけられることは表紙として使用する許諾を与えた段階で容易に想像されることから、少なくともCDや本の内容に触れた著作物の中で明らかに表紙として掲載されるような場合については黙示の許可を与えているとみなしてもらえる可能性もあると思いたい、と。
3-1については、雑誌や書籍にある写真は、その写真家の著作物。これを引用する必要があるとするならば、その写真自体についての記述が必要。
1-4については、「例」の画面は映画の著作物なので当該映画のそのシーンについての記述が必要。「出航するヤマトにロゴが被さってくる場面では云々」とか。背景無しでロゴのみであれば著作物ではない(多少異論もあるかもしれない)。商標についてはごめん詳しくない。
2と1-1の違いについては、2はその写真なりイラストなりの著作権が利いてくるので、その写真やイラストについての記述が必要(中央に配された紫に光る雷光が云々)。本については語る必要なし。1-1は、これが「漫画」となるか「イラスト」となるかが、ちょっとわからない。いずれにしても、イラストの作者の著作物で、このイラストそのものについての言及が必要。
5については、まあ、やるなら、まず歌詞からはじめて、次いで楽譜とするのがよいと思います。引用の要件さえ守れれば、訴訟リスクは高いけど敗訴リスクは低いので、ここで挙げられている中では、一番現実味はあると思います。歌詞については積極的に引用の対象として認めてもいいと思っているくらいですが、ただし、どこまで著作権の理解を得られるかどうかというのが問題で、引用ではない歌詞の掲載はしばしば見られますし、アンパンマンの歌詞について削除依頼が出ていますが、これはちょっと危ういところもあるとはいえ引用の要件を満たしているにも関わらず(そしてその旨指摘しているにもかかわらず)、著作権侵害として削除票が投じられている現状では、適正な運用は望めないのではないかと懸念するところです。
こんなところでおけ? 疑問があったら引き続きドゾ。--Ks aka 98 2006年9月17日 (日) 17:32 (UTC)削除依頼のリンク修正Kkkdc 2006年9月17日 (日) 20:33 (UTC)

勘違いしてました、(少なくともこの程度の)ロゴは著作物には含まれないのですか。(てことは著作権的にはPD-ineligibleほんとかなあ)非営利は著作権うんぬんにおいては関係ないですが、商標・肖像権とかとの絡みでどうなのかな、と。例は挙げた画像と同一のものを「引用」できるか、程度の意味でそれを(米国法での)フェアユースしようという方向ではないです。2と1-1との違いはあまりないようですか。1-3は1-2から容姿自体に関する説明を取り除いた例と考えていただければ。

そういうわけで、「作品」自体(抽象的な概念ということに)を解説するための画像(enだとinfoboxに載せるような:1-1/1-4/2を想定していました)の引用はありえない、ということでOKですか。

3-1は、即ちそのカメラマンや雑誌の撮影方針(アングルとか照明とか?詳しくはわかりませんが)についての説明が必要、と。あるバラエティ番組のスタジオセットについて説明しようとする画像をTVからキャプチャした場合、それはVTRを撮ったカメラマンについての解説が必要ということになりますか。3-2については、サインについての解説自体がある場合にはどうでしょう。--Kkkdc 2006年9月17日 (日) 20:33 (UTC)

いちおロゴについては「(多少異論もあるかもしれない)」と書いたとおり、著作物として認められる可能性はあるので。商標のことはよくわからんです(ぼくに知識がない)。こんな議論もあったようですなWikipedia:井戸端/商標と著作権と
作品自体を解説するための画像は、相当つらいと思います。完全にだめとはいいませんが。
「バラエティ番組のスタジオセットについて」は、映画の著作物となるので、カメラマンについての解説じゃなくてスタジオセットの説明でおk。
>3-1は、即ちそのカメラマンや雑誌の撮影方針
雑誌は関係ない。被写体の表情とかに触れていれば大丈夫かもしれない。
1-1と2の最大の違いは、2は、いちおう引用みたいな形で権利者の許諾を得ずに掲載することが慣習的に行われているけど、1-1を掲載する慣習は2ほどではない、ということかな。
サインは、サイン自体に著作物性があるかどうか、何かで読んだ気がするけど調べる時間が取れない。ごめん。--Ks aka 98 2006年9月18日 (月) 06:07 (UTC)

了解です。たびたびすみません。Wikipedia:井戸端/商標と著作権とによれば、著作権的にOKかNGであるかの判断は微妙だが、「商標の機能である自他商品識別力を発揮しない態様」で使用する限り、商標法上の問題は起こらないということのよう(に見えます)。そうであれば、ロゴ自体についての解説があれば、このような画像の引用は可能である、ということになりますか。

まあ2についても、表紙自体についての解説がないとダメということになるでしょう。3-1については、例えば映画のキャプチャで、そのシーンにおける役者の演技云々についての解説があれば、ということに。

あと問題になってくるのは、容姿じたいに関する直接の説明がないキャラクターについて、引用はできるかというところですか。こちらも、例えば漫画のキャラクターのある言動について説明がなされている場合は、(容姿に関する説明がなくても)その言動を行ったコマを引く、ということは不可能ではないと思いますが如何でしょう。あと、1-1で挙げた例のような画像は「~の登場人物の一覧」みたいなページで、その絵に載ってる全人物について1-2のような説明がなされている場合は、(まとめて1画像として)引用できますか。(まあ、個別にやった方がいいと思うのですが)--Kkkdc 2006年9月18日 (月) 07:15 (UTC)

そんな感じです。ストーリーの中でなんらかの役割を果たしているコマで、そのコマの役割についての記述があれば不可能ではないです。1-1は、そういう風には使えなさそう、というのが、1-1の特徴的なところ。1-1でも引用として認められる記述はありえると思いますが、登場人物の説明だけでは、説明と画像とどっちが主でどっちが従かという判断が難しそうではあります。あと、著作権がらみの話では「引用」は著作権法上の用語としての「引用」に限定し、そうではない場合は「掲載」とか「使用/利用」とかを使うようにしてみてください。キャラクターの著作物性については、このへんとかも参照してみてください[3]。つか、画像はとりあえず後回しにして、上の節を進めるのがよいと思うのですが…。--Ks aka 98 2006年9月18日 (月) 08:21 (UTC)

キャプチャについて、はてなで厳しい業界の対応と主張、および法的な意見のにらみあいがあったようです。僕の意見より厳しい解釈を主張する意見が多いようです。--Ks aka 98 2006年9月18日 (月) 11:14 (UTC)

文章のほうはGFDLとの兼ね合いとかで「その著作物を引用しないで記事を書いたときに記事の意味が通らなくなる場合」に限られていますが、画像の方はGFDL関係ないとかの関係で、問題は技術的なところと(適法かの判断を含めた)運用方法についてコンセンサスを得ることが必要そうです。文章引用は現在でも厳禁というわけではない(というより、引用なら削除の方針ケースBに該当しない)わけですが、削除依頼の円滑な進行とかのために具体的な行動のガイドラインが強く望まれているのではないかなあ、と。

対して画像の方は(利用者の)行動指針というよりかはウィキペディアの在り方(方針)自体についての議論になるので、本来は全く別の場所でやらなきゃいけないのかなあ、とも。草案まで出来ればそっちのノートでできるんですけども。どちらにせよ、(人的リソースとして)文章の方を優先するべきだ、というのであれば仕方ないか。

紹介してくださったはてなの中で一つの妥協点としてAmazon使え、みたいなのがありましたが、自分も一瞬それ考えたんですよね・・・。(それやってるMediaWikiのサイトとかもありましたが)まあ、こういう話とかもあったみたいですけど。広告に当たるかとかも(あたるか)。他所に依存するのもあまり・・・(関係ない話ですみませんでした--Kkkdc 2006年9月25日 (月) 16:43 (UTC)