コンテンツにスキップ

Template‐ノート:呉 (三国)の丞相

ページのコンテンツが他言語でサポートされていません。

朱拠(代理)の扱いについて

[編集]

朱拠が249-250年に丞相代理を務めたものとして扱われていましたが、その根拠となる『三国志 (歴史書)』呉主伝の記述は「赤烏12年4月に朱拠が丞相代行として祭祀を行った」ことが分かるのみで、その後に至るまで丞相代行という地位にあったとは書かれていません。そのような重職に就いたのなら朱拠伝にも記述があるものではないでしょうか。よってこれを除去しました。--鳴海会話2024年1月5日 (金) 06:48 (UTC)[返信]