コンテンツにスキップ

超音波霧化分離

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

これはこのページの過去の版です。Bcxfubot (会話 | 投稿記録) による 2022年11月23日 (水) 19:48個人設定で未設定ならUTC)時点の版 (外部リンクの修正 http:// -> https:// (techon.nikkeibp.co.jp) (Botによる編集))であり、現在の版とは大きく異なる場合があります。

超音波霧化分離(ちょうおんぱむかぶんり)とは、超音波を液体に照射することで液体が霧化し[1]分離する現象、またそれにより分離された物質の回収にいたるまでの分離工学としての方法[2][3][4]。蒸留のように全体を加熱し気化(ガス化)して分子間の結合を切るのではなく、加熱せずに微粒子化(ミスト化)し、分子のクラスターレベルで分離する。液体中では同じ物質の分子はクラスター化しやすいことや、物質によりクラスターの大小に隔たりがあることを利用している[5][6]。たとえばエタノール水溶液の場合、溶液中のエタノールリッチなクラスターを、そのクラスター界面の結合が弱いことを利用して分離する[7]

従来の分離法、つまり膜分離遠心分離電気泳動蒸留蒸発操作、再結晶晶析抽出クロマトグラフィー等、いずれにも属さない分離法である[8]

歴史と原理

超音波霧化分離の前提となる超音波霧化(超音波噴霧, Ultrasonic atomization)は、超音波を液中から液面に向けて照射すると、音圧により液面に噴水状の液柱が発生し、液柱の側面からおもに数ミクロン程度の微細な液滴(ミスト)が発生する現象である[7][9]。発生した液滴は、その小さい粒径から長時間気相中に滞留することになる。その発生機構については、キャビテーションに起因する衝撃波説と液体表面に形成されるキャピラリー液(表面波)説の2説があるが、高周波数の超音波の照射の場合はキャビテーションは無視できるという報告があり、このことからキャビテーション説は採りにくい[9]

超音波霧化現象自体は、19世紀末より知られており[10][11]、現在では超音波加湿器、超音波霧化機(ネブライザなど[1])、殺虫スプレーや石油ファンヒーター、食品・肥料・塗料の噴霧乾燥[12]除菌消臭アロマテラピーなど、幅広い分野で使用される技術である[13]。超音波の発生には主に超音波振動子と呼ばれる製品が使われる。超音波振動子はアメリカ、ドイツ、台湾などで量産されており、仕様の標準化も世界的に進んでいる[8]

1995年、松浦一雄(現:ナノミストテクノロジーズ株式会社[14])らによりエタノールと水の混合溶液を超音波霧化するとエタノールと水が分離し、結果としてエタノールが濃縮されることが報告された[2][3][15][16]。これにより、蒸留に代わる非加熱の分離濃縮法として超音波霧化分離が注目されはじめた[17]

超音波霧化分離装置の構成の一例は次の通りである。[8][18]

  1. 溶液中に設置した超音波振動子により溶液がミスト化される。
  2. ミストは、サイクロン等分級装置により、軽いミストは上部へ、重いミストは下部に分離される。
  3. 軽いミストは冷却等により凝縮され液体化、重いミストは重さにより落下し液体化する。

メリットとデメリット

液体を加熱する蒸留装置に比べ、次の利点がある[4][9][19][20]

  • 蒸留法と比較してランニングエネルギーが少なく環境負荷が小さい
  • 起動・停止が俊敏である(電気的に超音波の発生・停止を制御できる。瞬間的にミスト生成が行われる)
  • ボイラーが不要である[21]
  • ユニット化することで拡張が容易
  • 装置をパラレル構成にしておくことで、メンテナンスの際に全体を停止させることなく、モジュールごとにメンテナンスが行える
  • 常温付近で運転可能であり、食品加工において風味の変化を防ぎやすく(酸化への配慮は必要)、また安全である
  • 共沸点の問題により、分離困難な溶液の分離が可能な場合がある

超音波霧化分離のデメリットとして、粘度が500cP以上の高粘度もしくは高張力の溶液では霧化が困難となり分離効率が極端に下がる場合が多い[8]。また穀物の(もろみ)のように固体成分が溶液中に含まれる場合には、固体が霧化の妨げとなるため、事前にフィルタープレス等で固液分離しておくことが望まれる[8]

粘度が水より低い溶液(エタノール水溶液・ガソリン・ナフサ等)では分離効率が良いが、粘度の高い溶液は表面張力の影響で霧化効率が悪くなる[22]

用途

工業への利用

食品・飲料への利用

酢や果汁など食品や酒類の濃縮およびエキス・香気成分の抽出が可能である[25][26]

  • シイタケエキスの抽出:加熱して水分を蒸発させる方法に比べ、熱に弱いシイタケのうまみが損なわれにくい[27]
  • 食品系廃棄物から香気など有用成分の回収:香酸柑橘類の果皮からの香気成分の濃縮・回収として、徳島県立工業技術センターでは、超音波霧化分離装置を使用して、スダチ果皮中の香気成分を非加熱で濃縮し、回収油100%のスダチ精油を得ることに成功しており、得られたスダチ精油の香気成分組成は、新鮮なスダチ果汁に類似しており、高い官能評価を得ている[29]。(徳島県の特産物スダチは、ジュースやお酒などへの加工後に廃棄される搾りかす(皮など)の有効利用が課題である。)

その他

脚注

  1. ^ a b 超音波で霧をつくり出す加湿器のしくみ”. TDK 電気と磁気の?(はてな)館. 2016年1月27日閲覧。
  2. ^ a b Matsuura, K.; Kobayashi, M.; Hirotsune, M.; Sato, M.; Sasaki, H.; Shimizu, K. (1995). “New Separation Technique Under Normal Temperature and Pressure Using an Ultrasonic Atomization”. Japan Soc. Chem. Eng. Symposium Series 46: 44-49. 
  3. ^ a b 「第3章第10節 超音波によるアルコールの非加熱分留処理」『生物・環境産業のための非熱プロセス事典』、サイエンスフォーラム、1997年4月30日、511-514頁。 
  4. ^ a b 松浦一雄「超音波霧化分離の工業的応用」『エアロゾル研究, 26(1)』、日本エアロゾル学会、2011年、30-35頁、doi:10.11203/jar.26.302017年1月27日閲覧 
  5. ^ A. Wakisaka; K. Matsuura. “Microheterogeneity of ethanol–water binary mixtures observed at the cluster level”. J. Molecular Liquids (Elsevier B.V.) 129 (1-2): 25-32. http://www.sciencedirect.com/science/article/pii/S0167732206001838 2017年2月13日閲覧。. 
  6. ^ a b 日本酒製造に使った霧化技術を、廃液処理やリサイクルに活用”. 日経テクノロジーonline (2013年9月10日). 2017年1月27日閲覧。
  7. ^ a b 矢野陽子「エタノール水溶液の物理化学と超音波霧化によって発生したミストの構造」『化学工学誌「エタノール」2007』、公益社団法人化学工学会、2017年2月1日閲覧 
  8. ^ a b c d e 松浦一雄「超音波霧化分離法を用いた低沸点有機化合物の高濃度化と不揮発成分の濃縮」『日本醸造協会誌』第108巻第5号、日本醸造協会、2013年、310-317頁、doi:10.6013/jbrewsocjapan.108.3102017年2月1日閲覧 
  9. ^ a b c 土屋活美, 林秀哉, 藤原和久 ほか「超音波霧化現象の可視化解析」『エアロゾル研究』第26巻第1号、日本エアロゾル学会、2011年、11-17頁、2017年2月1日閲覧 
  10. ^ w:Robert W. Wood; w:Alfred Lee Loomis (1927). “XXXVIII. The physical and biological effects of high-frequency sound-waves of great intensity.”. Philosophical Magazine 7 (4.22): 417-436. 
  11. ^ 「蒸留器代替技術としての超音波霧化分離装置の開発 Development of Separation Process through Ultrasonic Atomization to Replace Distillation Process」『技術士』、公益社団法人日本技術士会、2006年、2017年1月27日閲覧 
  12. ^ くぼみのある円形たわみ振動板を用いた超音波霧化法の基礎検討」、日本大学理工学部、2017年1月27日閲覧 
  13. ^ 谷腰欣司; 谷村康行『トコトンやさしい超音波の本第2版』日刊工業新聞社、2015年、19,23,25,35頁。 
  14. ^ 会社概要”. ナノミストテクノロジーズ株式会社. 2017年2月20日閲覧。
  15. ^ 超音波によって起こる効率的エタノール分溜の謎」『生物工学会誌』第73号、1995年、NAID 1100029425272017年2月1日閲覧 
  16. ^ Sato M, Matsuura K, Fujii T「Ethanol separation from ethanol-water solution by ultrasonic atomization and its proposed mechanism based on parametric decay instability of capillary wave」『The Journal of Chemical Physics』第114号、2001年、2017年2月1日閲覧 
  17. ^ 脇坂昭弘「溶液中のクラスタ構造から見た超音波霧化現象 Ultrasonic Atomization from the Viewpoint of Cluster Structure in Solution」『エアロゾル研究』第26号、2011年、doi:10.11203/jar.26.242017年2月1日閲覧 
  18. ^ 超音波霧化分離とは”. ナノミストテクノロジーズ株式会社. 2017年2月10日閲覧。
  19. ^ a b 松浦一雄、深津鉄夫、阿部房次「超音波霧化によるイソプロピルアルコール水溶液の濃縮分離」『化学工学会 研究発表講演要旨集』化学工学会第38回秋季大会、2007年、2017年2月1日閲覧 
  20. ^ 松浦一雄、深津鉄夫、阿部房次「超音波霧化分離装置における運転エネルギーの最小化」『SCEJ 化学工学会 研究発表講演要旨集』化学工学会第42回秋季大会、2008年、doi:10.11491/scej.2008f.0.904.02017年2月1日閲覧 
  21. ^ “ナノミスト、加熱不要の液体濃縮装置 超音波利用”. 日本経済新聞. (2012年8月3日). http://www.nikkei.com/article/DGXNZO45565500Q2A830C1LA0000/ 2017年2月2日閲覧。 
  22. ^ 超音波霧化による塗工技術の開発研究」『愛媛県産業技術研究所研究報告 No.48』、愛媛県産業技術研究所 紙産業技術センター、2010年、2017年1月27日閲覧 
  23. ^ Kazuo Matsuura; Tetsuo Fukazu; Fusatsugu Abe; Taisuke Sekimoto; Toshiro Tomishige. “Efficient separation coupled with ultrasonic atomization using a molecular sieve”. AIChE Journal (American Institute of Chemical Engineers) 53 (3): 737-740. NAID 80018616741. http://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1002/aic.11113/full 2017年2月14日閲覧。. 
  24. ^ Kazuo Matsuura; Susumu Nii; Tetsuo Fukazu; Katsumi Tsuchiya. “Efficient Reduction of Gasoline Volatility through Ultrasonic Atomization”. Industrial & engineering chemistry research (ACS Publications) 46 (7): 2231-2234. http://pubs.acs.org/toc/iecred/46/7. 
  25. ^ ナノミスト、加熱不要の液体濃縮装置 超音波利用”. 日本経済新聞 (2012年8月31日). 2017年1月27日閲覧。
  26. ^ スダチ搾汁残渣を利用した食品素材の開発”. 徳島県立工業技術センター. 2017年1月27日閲覧。
  27. ^ ナノミスト、シイタケエキスを超音波使い濃縮”. 日本経済新聞 電子版. 2017年1月27日閲覧。
  28. ^ 鳴門鯛 大麻 霧のしずく 開発経緯、受賞歴”. 本家松浦酒造場. 2017年2月1日閲覧。
  29. ^ 香酸柑橘搾汁残渣を利用した食品素材の開発”. 徳島県立工業技術センター (2008年). 2017年2月1日閲覧。
  30. ^ 超音波使う液体分離装置 ナノミストが電子部品商社と組み拡販”. 日本経済新聞 電子版. 2017年6月7日閲覧。
  31. ^ ナノミスト、超音波で温泉水濃縮 旅館向け装置販売”. 日本経済新聞 電子版 (2012年11月20日). 2017年1月27日閲覧。
  32. ^ a b “超音波で霧化液体分離”. 朝日新聞四国経済. (2014年3月5日) 
  33. ^ 逆境こそ原動力 空洞化克服モデル示す”. 日本経済新聞 (2013年1月5日). 2017年2月22日閲覧。