馬見塚古墳群

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
馬見塚古墳群
Umamizuka kohun 01.jpg
群内の1つ、馬見塚古墳
所在地

静岡県沼津市愛鷹

位置 北緯35度8分11秒 東経138度50分35秒 / 北緯35.13639度 東経138.84306度 / 35.13639; 138.84306座標: 北緯35度8分11秒 東経138度50分35秒 / 北緯35.13639度 東経138.84306度 / 35.13639; 138.84306
形状 円墳
出土品 組合せ式箱型石棺土師器
地図
馬見塚古墳群の位置(静岡県内)
馬見塚 古墳群
馬見塚
古墳群
テンプレートを表示

馬見塚古墳群(うまみづかこふんぐん)は、静岡県沼津市足高字尾上に所在する古墳群である。

概要[編集]

西大曲遺跡(1号墳-3号墳)、西大曲Ⅱ遺跡、馬見塚古墳、馬放場古墳を含む古墳群である。発掘調査報告書が作成されたのは、西大曲遺跡のみである。

古墳群詳細[編集]

古墳群の規模は、南北約2キロメートルという見方がある[1]

西大曲遺跡[編集]

西大曲遺跡(1号墳-3号墳)
所在地 静岡県沼津市足高
位置 北緯35度08分47.5秒 東経138度50分25.4秒 / 北緯35.146528度 東経138.840389度 / 35.146528; 138.840389
出土品 組合せ式箱型石棺、土師器坏
築造時期 6世紀後半から8世紀初頭
地図
馬見塚古墳群の位置(静岡県内)
西大曲遺跡
西大曲遺跡
テンプレートを表示

1号墳から3号墳が存在する。1号墳は、周辺地域に存在したとされる石棺が発見されており、6世紀後半から8世紀初頭と考えられる。2号墳は周溝から土師器坏が発掘されており、7世紀後半以前に作られたと思われるが確定していない。現在はテニスコートになっている[2]

  • 規模
全体は南北約400メートル、東西約50メートル、規模は、A地区、B地区、保存地区の3地区である[3]
  • 形状
1号墳、2号墳は排水溝があり、2号墳、3号墳は規定系約9メートルから10メートルの円墳であり、周溝は幅1メートル前後である[4]
  • 遺構
1号墳 組合せ式箱型石棺
  • 遺物
2号墳 土師器坏

西大曲Ⅱ遺跡[編集]

未調査。

馬見塚古墳[編集]

馬見塚古墳
所在地 静岡県沼津市足高
位置 北緯35度08分13.9秒 東経138度50分33.4秒 / 北緯35.137194度 東経138.842611度 / 35.137194; 138.842611
地図
馬見塚古墳群の位置(静岡県内)
馬見塚古墳
馬見塚古墳
テンプレートを表示

未調査。

馬放場古墳[編集]

未調査。

周辺の遺跡[編集]

脚注[編集]

[脚注の使い方]
  1. ^ 静岡県埋蔵文化財調査研究所「元野遺跡 第二東名No.19地点(第二東名建設事業に伴う埋蔵文化財発掘調査報告書)」『静岡県埋蔵文化財調査研究所調査報告 第189集』、静岡県埋蔵文化財調査研究所、2008年3月10日、 12頁。
  2. ^ 沼津市教育委員会「西大曲遺跡発掘調査報告書」『沼津市文化財調査報告 第20集』、沼津市教育委員会、1980年3月30日、 28頁。
  3. ^ 沼津市教育委員会「西大曲遺跡発掘調査報告書」『沼津市文化財調査報告 第20集』、沼津市教育委員会、1980年3月30日、 2頁。
  4. ^ 沼津市教育委員会「西大曲遺跡発掘調査報告書」『沼津市文化財調査報告 第20集』、沼津市教育委員会、1980年3月30日、 28頁。

外部リンク[編集]