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金峰山

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
大天井ヶ岳から山上ヶ岳を望む
山上ヶ岳山頂

金峰山(きんぷせん)とは、奈良県大峰山脈のうち吉野山から山上ヶ岳までの連峰の総称[1]。または山上ヶ岳の別称である[1]金峯山とも表記する。修験道発祥の山であるが、金峰山の境域は必ずしも明確ではない[2]

大和国の吉野山は8世紀には神仙境視され、金峰山はその奥山として位置づけられていた[3]。吉野山の金峯山寺は修験道の中心地の一つであり、現在は金峯山修験本宗の総本山である。

なお「金峰山」に関しては金峰神社の背後にある青根ヶ峰(851m)に比定する説があるが、時代による変移の可能性もあるものの、谷文晁『日本名山図会』(1812年)では山上ヶ岳を指している[3]

歴史

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修験道の開祖とされる役小角(役行者)は、『日本霊異記』によれば大和国の金峰山と葛城山との間に橋を架けさせようとし、その後、仙人となって飛び去ったという[4]。吉野と熊野の間の大峰奥駆路は、役行者ゆかりの修行場として修験者にとって最も神聖な縦走路とされた[4]。『日本霊異記』は峰伝いに誦経しながら進む禅師がいたとしている[3]。長承2年(1133年)に書写された『金峰山本縁起』には熊野仙宿から王熟仙宿(吉野)までの宿名が記されている[3]

また、12世紀の『梁塵秘抄』には「金の御嶽」として登場し、弥勒浄土の聖域と考えられていた[3][5]

本山派本山修験宗)では最初の巡拝所の柳ノ宿で勤行した後、吉野山の金峯山寺、山上ヶ岳を経て熊野へ縦走する(吉野から熊野に向かう逆峰(ぎゃくぶ)、熊野から吉野に向かう順峰(じゅんぶ)がある)[3]。一方、当山派では龍泉寺で水行後、山上ヶ岳から南へ進み最終的には熊野本宮に参詣する[4]

各地の金峰山

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日本各地に分布する多くの金峰山やそこに祀られる蔵王権現は本項でいう吉野金峰山を勧請したことに因む[2]。また、同じ山に金峰山と御嶽山の両方の名称が使われることがある。

関連項目

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脚注

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  1. 1 2 金峰山」『デジタル大辞泉』小学館コトバンクより2026年4月9日閲覧
  2. 1 2 宮本袈裟雄「金峰山」『改訂新版世界大百科事典』平凡社コトバンクより2026年4月9日閲覧
  3. 1 2 3 4 5 6 長野覚「日本人の山岳信仰に基づく聖域観による自然護持(その2)紀伊半島・大峰山系の事例」『駒澤地理』第26巻、駒澤大学文学部地理学教室、1990年3月、67-87頁。
  4. 1 2 3 松本敏夫. 修験道と霊山・霊場 -武蔵国の民間信仰の山々を楽しむために-”. 日本山岳会. 2026年4月10日閲覧。
  5. 今昔物語に「金峯山は別名を『金の御岳』(かねのみたけ)」と呼び、ここで金を得た話」が載っている(大和大峰研究グループ著『大峰山・大台ヶ原山 -自然のおいたちと人々のいとなみ-』築地書館 2009年 40ページ)。