粟崎遊園

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当時の粟崎遊園

粟崎遊園(あわがさきゆうえん)は、かつて石川県河北郡内灘村(現・内灘町)に存在した遊園地である。

1925年大正14年)、浅野川電気鉄道社長で、材木商であった平澤嘉太郎によって開設された。同時期、金石電気鉄道が経営する涛々園が近くにあり、互いに競い合うように拡張を行っていた。

1941年昭和16年)に軍に接収され閉園。戦後も再開されることなく歴史を閉じた。

主な施設[編集]

「大山すべり」と呼ばれるすべり台は全長が70mを超え、大人にも好評であった。

年譜[編集]

  • 1933年12月8日 浅野川電気鉄道直営となる
  • 1934年 村井武生が粟崎遊園に招かれ、少女歌劇の舞台監督、脚本などに関わる
  • 1937年 粟崎遊園歌劇学校が発足
  • 1941年8月31日 休園。そのまま閉園となる。跡地は日本タイプライター系列の軍需工場に転換された。

参考文献[編集]

  • 『金沢市史 通史3 近代』 2006年
  • 『日本の遊園地』 2000年、講談社現代新書・橋爪紳也著
  • 『粟崎遊園物語』 1998年、内灘町

外部リンク[編集]

  • 粟崎遊園 粟崎遊園についてのホームページ