竹中恭二

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竹中 恭二(たけなか きょうじ、1946年11月28日 - )は、日本技術者実業家。初の生え抜き社長として第9代富士重工業株式会社(現株式会社SUBARU代表取締役社長を務めた。

人物・経歴[編集]

大阪生まれ。1969年大阪市立大学工学部卒業、富士重工業(現SUBARU)入社。1988年商品企画室担当部長。1995年スバル開発本部主管。1999年執行役員スバル開発本部商品企画室副室長兼主管兼SV開発部長。2000年執行役員総合企画本部副本部長兼アライアンス推進室長[1]

2001年から富士重工業代表取締役社長兼COO[1]、2003年からは代表取締役社長兼CEO[2]務め、2006年にはゼネラルモーターズとの提携解消を行い、同年取締役相談役に退いた。ロボットビジネス推進協議会会長なども務めた[3][4]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 「新社長 富士重工業 竹中恭二」週刊ダイヤモンド 2001.9.29号 2001.9.29
  2. ^ スバル富士重、田中院政に幕? 竹中カラーは打ち出せるのかレスポンス2003年5月16日(金)
  3. ^ 経営者の1冊プレジデント 2010年1月4日号富士重工業顧問 竹中恭二
  4. ^ [1]

関連項目[編集]


先代:
田中毅
SUBARU(旧富士重工業)社長
第9代:2001年 - 2006年
次代:
森郁夫