私は人種差別主義者ではありませんが…

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私は人種差別主義者ではありませんが…」(わたしはじんしゅさべつしゅぎしゃではありませんが、英語: I'm not racist, but...)は多くの場合、人種差別主義的な主張の前にある「うわべだけのポリティカル・コレクトネス」を示すフレーズである[1][2][3]

解釈[編集]

この前置きは「偽善的」で「弁解がましい」と評されており、社会学者のエドゥアルド・ボニージャ=シルヴァ英語版とタイロン・フォーマンは、この言い回しを用いる「良い白人」を「新しい人種差別主義者」と表現している[4][5][6]。文化社会学者のアラナ・レンティンは、 ABCの論説で、このフレーズを「人種差別の否認がいかにその暴力を再生産するか」の例として引用した[7]ドイチェ・ヴェレのTorsten LandsbergとRachel Stewartは、この句の後に「通常、良い場合には無知識を、悪い場合には根深い偏見や人種を動機とする憎悪を偽装した意見が続く」と述べている[8]

反人種差別活動家のイブラム・X・ケンディ英語版は、このフレーズの使用は人種差別と闘う手段として効果的ではないとの感想を述べている[9]

多用される事例[編集]

「私は彼らに反対します。主な理由は、私は人種差別主義者ではありませんが、その仕事に最適な人を雇うべきだと思うからです。」[4]
アファーマティブ・アクションに関する
学生の意見調査における回答

Baugh (1991) は、「なぜアフリカ系アメリカ人という用語を使用すべきか」、または「使用すべきでないか」について質問されたとき、回答者は再三にわたって「私は人種差別主義者ではありませんが…」という前置きで話し始めることを発見した[10]。ブラウン (2006) は、人種的マイノリティの流入に不安を感じていたランカスター在住のインタビュー対象者が、しばしばこのフレーズを使用したと述べている[11]。コベントリー大学のサイモン・グッドマンによれば、このフレーズは「イギリスにおける移民についての議論の主要な特徴」を要約しており、それは「移民反対は人種差別的であるということへの繰り返される否定」である[12]

Edwy Plenelは、この言説を「平均的なフランス人」に帰した。 Mahfoud Bennoune も同様の意見を表明し、「典型的なフランスの人種差別主義者の態度は、『私は人種差別主義者ではないが、アルジェリア人は追放されなければならない暴徒であり、矢のように生じる梅毒だとわかった』という言葉に表現されている」と述べた[13][14]。アメリカの元白人至上主義者であるデレク・ブラック英語版は、自身が運動に加えるのを希望していた人材について、「私は人種差別主義者ではありませんが、と言って話を始める人だ。そう言ったことがあるのなら、彼らはもうひと押しのところまで来ていた」と説明している[15]

『アイリッシュ・タイムズ』のドナルド・クラークは、『リトル・マーメイド』でのハリー・ベイリーのキャスティングに対しての「私は人種差別主義者ではないが、このキャラクターの見た目はこうではない」というコメントを引用して、「いつもの説得力のない但し書きが現れた」と述べた[16]。Twitter アカウント「YesYoureRacist」は「Twitter でのカジュアルな人種差別」を非難する活動を行なっており、「私は人種差別主義者ではありませんが、…」の後に人種差別主義的な何かを続ける一般のユーザーの発言をリツイートしている[17]

脚注[編集]

  1. ^ Hill, Jane H. (1998). “Language, Race, and White Public Space”. American Anthropologist 100 (3): 680–689. doi:10.1525/aa.1998.100.3.680. ISSN 0002-7294. JSTOR 682046. https://www.jstor.org/stable/682046. 
  2. ^ Harris, Kate Lockwood; Palazzolo, Kellie E; Savage, Matthew W (2012). “'I'm not sexist, but...': How ideological dilemmas reinforce sexism in talk about intimate partner violence”. Discourse & Society 23 (6): 643–656. doi:10.1177/0957926512455382. ISSN 0957-9265. JSTOR 43496418. https://www.jstor.org/stable/43496418. 
  3. ^ Every, Danielle; Augoustions, Martha (2007). “Constructions of racism in the Australian parliamentary debates on asylum seekers”. Discourse & Society 18 (4): 411–436. doi:10.1177/0957926507077427. ISSN 0957-9265. JSTOR 42889138. https://www.jstor.org/stable/42889138. 
  4. ^ a b Bonilla-Silva, Eduardo; Forman, Tyrone (2000). “"I am not a racist but ...": mapping White college students' racial ideology in the USA”. Discourse & Society 11 (1): 50–85. doi:10.1177/0957926500011001003. ISSN 0957-9265. JSTOR 42888295. https://www.jstor.org/stable/42888295. 
  5. ^ Wright, Michelle M. (2003). “Others-from-within from without: Afro-German Subject Formation and the Challenge of a Counter-Discourse”. Callaloo 26 (2): 296–305. doi:10.1353/cal.2003.0065. ISSN 0161-2492. JSTOR 3300854. https://www.jstor.org/stable/3300854. 
  6. ^ Thorleifsson, Cathrine Moe (2017). “Peripheral Nationhood: Negotiating Israeliness from the Margins of the State”. Anthropological Quarterly 90 (1): 83–106. doi:10.1353/anq.2017.0003. ISSN 0003-5491. JSTOR 44246137. https://www.jstor.org/stable/44246137. 
  7. ^ Lentin (2017年10月19日). “'I'm Not Racist, but ...': How Denying Racism Reproduces Its Violence” (英語). ABC. 2021年6月30日閲覧。
  8. ^ Landsberg (2018年7月7日). “Rap against racism: 'I'm not a Nazi, but...'” (英語). Deutsche Welle. 2021年6月30日閲覧。
  9. ^ Nawaz (2020年7月8日). “How anti-racism is a treatment for the 'cancer' of racism” (英語). PBS. 2021年6月30日閲覧。
  10. ^ Baugh, John (1991). “The Politicization of Changing Terms of Self-Reference among American Slave Descendants”. American Speech 66 (2): 133–146. doi:10.2307/455882. ISSN 0003-1283. JSTOR 455882. https://www.jstor.org/stable/455882. 
  11. ^ Brown, Cynthia (2006). “Moving on: Reflections on Oral History and Migrant Communities in Britain”. Oral History 34 (1): 69–80. ISSN 0143-0955. JSTOR 40179846. https://www.jstor.org/stable/40179846. 
  12. ^ Goodman (2016年3月11日). “Is it really not racist to oppose immigration?” (英語). The Conversation. 2021年6月30日閲覧。
  13. ^ Sarkar, Salil (1985). “The Charms of Socialism”. Economic and Political Weekly 20 (12): 494–495. ISSN 0012-9976. JSTOR 4374198. https://www.jstor.org/stable/4374198. 
  14. ^ Bennoune, Mahfoud (1975). “Maghribin Workers in France”. MERIP Reports (34): 1–30. doi:10.2307/3011470. ISSN 0047-7265. JSTOR 3011470. https://www.jstor.org/stable/3011470. 
  15. ^ Gross, Terry (2018年9月24日). “How A Rising Star Of White Nationalism Broke Free From The Movement” (英語). NPR. https://www.npr.org/2018/09/24/651052970/how-a-rising-star-of-white-nationalism-broke-free-from-the-movement 2021年6月30日閲覧。 
  16. ^ Clarke (2019年7月5日). “Halle Bailey's casting as the Little Mermaid drove internet racists nuts. Or did it?” (英語). The Irish Times. 2021年6月30日閲覧。
  17. ^ Domonoske, Camila (2017年8月14日). “On The Internet, Everyone Knows 'You're Racist': Twitter Account IDs Marchers” (英語). NPR. https://www.npr.org/sections/thetwo-way/2017/08/14/543418271/on-the-internet-everyone-knows-you-re-a-racist-twitter-account-ids-marchers 2021年6月30日閲覧。 

関連項目[編集]