祢々切丸

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祢々切丸(ねねきりまる)は、南北朝時代に作られたとされる日本刀大太刀)である。日本重要文化財に指定されており、栃木県日光二荒山神社が所蔵する。

概要[編集]

刀身は無銘で、地刃の作風から備前系の刀工ではないかと推測されるが定かではない[1]。祢々切丸の号は、かつて日光山中にある”ねねが沢”に化け物が棲んでおり、人々は化け物を”祢々”と呼んで恐れていた。この大太刀は突如自ら鞘を抜け出し祢々の方へ向かって動きだし退治してしまった[2]。これにより祢々切丸と名付けられたのが由来とされている。なお、”祢々”の正体については日光付近の方言で河童のことを指すという説[2]やネーネーと鳴く虫の化け物であるという説がある。

古くから日光二荒山神社の神刀として用いられており、同じく大太刀であり神刀でもある瀬登太刀(せのぼりたち)と柏太刀(かしわだち)を合わせた三振を毎年4月13日から17日にかけて行われる弥生祭にて、男体山で獲れた牡鹿の生皮の上に飾り立てて神に捧げる神事が執り行われる[3][1]。拵(こしらえ)は山金造波文蛭巻太刀拵(やまがねづくりなみもんひるまきのおおだちのこしらえ)[注釈 1]で、金具や拵の形状から刀身と同じく南北朝時代の作品とされており、刀身と拵えを合わせ、山金造波文蛭巻大太刀 中身無銘(号 祢々切丸太刀)の名称で、1967年(昭和42年)6月15日付けで国の重要文化財に指定された[2][注釈 2]

刀身・外装[編集]

刀身全体の長さは1丈6寸9分(324.1cm)で、刃長は7尺1寸5分(216.7cm)、茎(なかご)の長さだけでも3尺5寸5分(107.5cm)ある[4]。反りは2分(6.1cm)、元幅は1寸8分8厘(5.7cm)[4]。重量は24kgであり日本最大級・最重量級の日本刀である[3]

造り込みは冠落し造[注釈 3]、庵棟。地鉄は大板目が流れて肌立つ[注釈 4][2]。刃文については、栃木県サイトの解説では「沸出来(にえでき)の小乱」であるとするが、別の資料では「匂出来(においでき)で湾れ(のたれ)調」であるとし、備前系の刀工の作とみている[注釈 5][2][4]

拵は全体の長さが337.0cm、鞘長が231.0cm、柄長が107.5cmである[2]。柄、鞘ともに麻布張りの地に山金を蛭巻とする[注釈 6]。地と蛭巻の山金の間の段差を錆漆で充填して均し[注釈 7]、その上に波文を刷毛目塗りとする。柄に2箇、鞘に5箇の責金具(せめかなぐ)を配し[注釈 8]、総金具(責金、柄の頭・縁、鞘口、鐺)を山金造とする。太刀拵でありながら、帯執りの足金物を設けない点は異例である[2]。刀剣研究家の福永酔剣によると蛭巻を含めて全面に波状文を刷毛目塗としているのは中世以前では他に類例がなく貴重な資料となっている[4]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ 「波文」を「はもん」と読む資料もあるが、ここでは「文化遺産オンライン」にしたがい、「なみもん」とする。(参照:山金造波文蛭巻大太刀 - 文化遺産オンライン(文化庁))
  2. ^ 「山金造黒漆蛭巻大太刀(中身無銘、号 柏太刀)」とともに2口一括で指定されている。
  3. ^ 「冠落し造」とは、主として重量軽減のために、刀剣の鎬地の肉をそぎ落としたもの。
  4. ^ 「流れて肌立つ」とは、刀剣の地鉄の鍛え肌の文様が柾目(平行線)に近くなり、はっきり現れる意。
  5. ^ 「沸出来」とは刃文を形成する鋼の粒子が肉眼で識別できる程度に荒いものをいい、「匂出来」とは粒子が細かく、ぼうっと霞んで見えるものをいう。
  6. ^ 「山金」とは、「素銅」(精錬された赤色の銅)に対する語で、未精錬の黒っぽい銅のこと。「蛭巻」とは、薄くて細長い銅板を鞘や柄にらせん状に巻き付けること。
  7. ^ 「錆漆」とは、漆に砥の粉を混ぜたもの。
  8. ^ 「責金具」とは、補強と装飾を兼ねて刀剣外装の鞘や柄に巻く金具。

出典[編集]

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外部リンク[編集]