環のスペクトル

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抽象代数学代数幾何学では、可換環 Rスペクトル (spectrum) とは R の全ての素イデアルからなる集合を表し、 Spec(R) と書く。Spec(R) は通常ザリスキー位相や構造と共に議論され、そのことより局所環付き空間となる。

ザリスキー位相[編集]

R の任意のイデアル I に対し、VII を含む素イデアルの集合とする。Spec(R) 上に閉集合の集合

とすることにより位相を入れることができる。この位相をザリスキー位相と言う。

ザリスキー位相の基底は次のように構成することができる。fR に対し、Dff を含まない R の素イデアル全体の集合とすると、各々の Df は Spec(R) の開部分集合であり、 はザリスキー位相の基底となる。

Spec(R) はコンパクト空間であるが、ほとんどの場合、ハウスドルフ空間ではない。実際、R極大イデアルが、まさにザリスキー位相の閉点である。しかしながら、Spec(R) は常にコルモゴロフ空間であり、スペクトル空間英語版(spectral space)でもある。

層とスキーム[編集]

ザリスキー位相をもった空間 X = Spec(R) が与えられると、構造層 OX は、開集合 Df 上で Γ(Df, OX) = Rf とすることで定義される。ここで、Rf は乗法的集合 {1, f, f2, f3, ...} による R局所化である。これはB-層英語版(B-Sheaf)であるために必要な公理を満たしている。次に、U の合併とし、

とすると、これが層を形成する。さらに詳しくは、貼り合わせ公理英語版(Gluing axiom)を参照。

R が整域で分数体が K であれば、環 Γ(U, OX) を具体的に次のように記述することができる。K の元 fX の中の点 P で正則とは、P に属さない b により分数 f = a/b として表すことができる場合を言う。注意すべきは、これは代数幾何学の正則函数(regular function)の考え方に一致することである。この定義を使い、Γ(UOX) をまさに U の中の全ての点 P で正則である K の元全体の集合として記述できる。

P が Spec(R) の点(つまり、素イデアル)であれば、P でのP での R局所化に等しく、これを局所環と言う。結局、Spec(R) は局所環付き空間である。

この形に同型な全ての局所環付き空間を、アフィンスキーム(affine scheme)と呼ぶ。一般のスキームはいくつかのアフィンスキームを「互いに貼り合わせる」ことで得られる。

函手性[編集]

圏論のことばを使うことは有益であり、Spec は函手であることが分かる。全ての環準同型写像 f : RS は、連続写像 Spec(f) : Spec(S) → Spec(R) を導く。何故ならば、S の任意の素イデアルの逆像は R の素イデアルであるからである。このように、Spec を可換環の圏から位相空間の圏への反変函手と見なすことができる。さらに、任意の素イデアル P に対し、準同型 f は局所環の準同型

を導く。このようにして、Spec は、可換環の圏から局所環付き空間の圏への反変函手を定義する。事実、Spec はそのような函手の普遍函手であり、このことは自然な同型を同一視して函手 Spec を定義することに使われる。

函手 Spec は可換環の圏(category of commutative rings)とアフィンスキームの圏(category of affine schemes)の間の反変同値をもたらす。各々のこれらの圏は、互いに双対圏(逆圏ともいう)と考えられる。

代数幾何学からの動機[編集]

具体例に従うと、代数幾何学では、代数的集合 (algebraic set)、つまり、K代数的閉体とした時の n 変数の多項式の共通零点である Kn の部分集合について研究する。A をそのような代数的集合として、全ての多項式 AK からなる可換環を考える。K は代数的閉体であるので、R極大イデアルは、A の点に対応し、R素イデアルA部分多様体に対応する。(代数的集合は 2つの真の代数的部分集合の合併として書くことができないとき、既約あるいは代数多様体(variety)と呼ぶ。)

従って、R のスペクトルは、A の全ての部分多様体の元と A の点から構成される。A の点はスペクトルの中では閉であり、一方、部分多様体に対応する元はその全ての点と部分多様体の全てからなる閉包を持っている。ただ単に A の点を考えているのであれば、つまり R の極大イデアルのみを考えているのみであれば、上に定義されたザリスキー位相は(閉集合としてちょうど代数的部分集合を持つ)代数的集合上定義されたザリスキー位相に一致する。

このように位相空間 Spec(R) をザリスキー位相をもった位相空間 A の「拡張」と見なすことができる。全ての A の部分多様体に対し、一つ非閉点を付け加えることをする。この点が対応する部分多様体の「跡をたどって」いて、この加えられた点をその部分多様体の生成点英語版(generic point)と考える。さらに、Spec(R) 上の層と A 上の多項式函数の層とは本質的に同一のものである。ザリスキー位相を持つ代数的集合の代わりに多項式のスペクトルを研究することより、代数幾何学の概念を代数的閉体ではない体へと一般化することができ、さらに最終的には、スキームの考え方へ到達する。

大域的 Spec[編集]

函手 Spec には大域的 Spec、あるいは、相対的 Spec というバージョンがあり、Spec で表す。スキーム YOY-代数 A の準連接層に対し、一意的なスキーム SpecA と射 が存在し、全ての開アフィンスキーム に対し、f: に誘導される同型が存在し、開アフィンスキーム に対し、包含写像 は制限写像 を誘導する。すなわち、環準同型がスペクトルの双対写像を導くとき、代数の層の制限写像は層の Spec を形成するスペクトルの包含写像を誘導する。

表現論から見ると[編集]

表現論から見ると、素イデアル I は加群 R/I と対応し、環のスペクトルは R の既約巡回表現と対応する。さらに一般的な部分多様体は、必ずしも巡回的ではない既約とは限らない表現に対応する。抽象的には、群の表現論は群環上の加群の研究である。

アフィンスキームと表現論との関係は、多項式環 を考えたり、(群環として)基底なしで を考えたりすると、より鮮明となる。後者の定式化で明らかなように、多項式環はベクトル空間上の群環であり、 の言葉で書くことはベクトル空間の基底を選ぶことと対応する。すると、イデアル I、あるいは同じことであるが、加群 R の巡回表現である。(巡回の意味は R-加群として 1 つの元により生成されるという意味であり、これは 1 次元表現を一般化する。)

体が複素数体のような代数的閉体の場合、零点定理[1]により、全ての極大イデアルは n-空間の一点と対応する。従って、これらの の表現は、余ベクトルが各 を対応する へ写すことにより与えられる双対空間 によってパラメトライズされる。このように の表現(K-線型写像 )は n 個の数の組により与えられる。もしくはおなじことだが、コベクトル で与えられる。

このように、n-空間の点は、 の極大 Spec と考えて、R の 1 次元表現とちょうど対応している。一方、有限個の点の集合は、(可約で、幾何学的には合併に対応し、代数的には素イデアルではないことに対応する)有限次元表現に対応する。従って、極大ではないイデアルは無限次元表現と対応する。

函数解析から見ると[編集]

「スペクトル」と言う用語は、作用素論から来た。有限次元ベクトル空間 V 上の線型作用素 T が与えられると、主イデアル整域上の有限生成加群の構造定理のように、作用素をもつベクトル空間を一変数の多項式環上の加群 R = K[T] として考えることができる。従って、(環としての)K[T] のスペクトルは(作用素としての)T のスペクトルに等しい。

さらに、環のスペクトルの幾何学的構造(加群の代数的構造と同じ)は、代数的多重度や幾何学的多重度といった作用素のスペクトルの振る舞いを捉えている。例えば、2×2 の単位行列は対応する加群

を持っている。2×2 零行列は加群

を持っていて、固有値 0 に対し幾何学的重複度 2 であることを示していて、一方、非自明な 2×2 べき零行列は加群

を持っていて、代数的重複度 2 であるが幾何学重複度は 1 であることを示している。

さらに詳しくは、

  • (幾何学的多重度を持つ)作用素の固有値は、多様体の多重度を持つ(被約な)点と対応する。
  • 加群の準素分解は多様体の被約でない点に点と対応する。
  • 対角化可能(半単純)作用素は被約多様体と対応する。
  • (生成子が一つの)巡回加群は、巡回ベクトル英語版(cyclic vector)(T の下で軌道が空間をはるベクトル)を持つ作用素と対応する。
  • 最後の加群の不変因子(invariant factor)は作用素の最小多項式と等しく、不変因子の積は特性多項式に等しい。

一般化[編集]

スペクトルは環から作用素論C*-代数へ一般化することができ、C*-代数のスペクトル英語版(spectrum of a C*-algebra)の考え方となる。注意すべきは、ハウスドルフ空間に対し、スカラーの代数(空間の有界連続函数、正則函数(regular function)の類似)は可換 C*-代数で、位相空間としてスカラーの代数の MSpec から再現できる空間を持っている。実際、函手的にはそのようになっていて、このことはバナッハ・ストーンの定理英語版(Banach–Stone theorem)の内容である。実際、任意の可換 C*-代数は、この方法によりハウスドルフ空間のスカラーの代数として実現することができ、環とスペクトルの間の対応と同じ対応である。可換 C*-代数への一般化は非可換トポロジー英語版(noncommutative topology)である。

脚注[編集]

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  1. ^ により生成された極大イデアルは に対応する。

参考文献[編集]

関連項目[編集]

外部リンク[編集]