「第1エズラ書」の版間の差分

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
削除された内容 追加された内容
Yukichin (会話 | 投稿記録)
m style
Siyajkak (会話 | 投稿記録)
編集の要約なし
1行目: 1行目:
'''第1エズラ書'''(だいいちエズラしょ)はユダの王[[ヨシヤ]]の[[過越]]から[[エズラ]]の活動に至までの歴史で、内容的には正典の[[歴代誌]]の最後の2章と[[エズラ記]]、[[ネヘミヤ記]]と並行する。[[新共同訳]]では、「エズラ記(ギリシャ語)」としている。第3章と第4章は独自の記事でダリヨス王の3人の護衛の若者の物語である。
'''第1エズラ書'''(だいいちエズラしょ)は、[[カトリック]]や[[東方正教会]]では、[[旧約聖書]]に含めているが、ほとんどの[[プロテスタント]]教会では、正典とはみなさない、いわゆる[[旧約外典]]の書物のひとつ。ユダの王[[ヨシヤ]]の[[過越]]から[[エズラ]]の活動に至までの歴史で、内容的には正典の[[歴代誌]]の最後の2章と[[エズラ記]]、[[ネヘミヤ記]]と並行する。[[新共同訳]]では、「エズラ記(ギリシャ語)」としている。第3章と第4章は独自の記事でダリヨス王の3人の護衛の若者の物語である。
==関連項目==
*[[第二正典]]

2004年10月16日 (土) 13:50時点における版

第1エズラ書(だいいちエズラしょ)は、カトリック東方正教会では、旧約聖書に含めているが、ほとんどのプロテスタント教会では、正典とはみなさない、いわゆる旧約外典の書物のひとつ。ユダの王ヨシヤ過越からエズラの活動に至までの歴史で、内容的には正典の歴代誌の最後の2章とエズラ記ネヘミヤ記と並行する。新共同訳では、「エズラ記(ギリシャ語)」としている。第3章と第4章は独自の記事でダリヨス王の3人の護衛の若者の物語である。

関連項目