片桐大忍

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片桐 大忍 (かたぎり だいにん、1928年1月19日-1990年5月1日)は、日本曹洞宗僧侶で、ミネソタ禅センターの開山。

アメリカ中部での日本からの禅の拡大に大きく貢献した。

経歴[編集]

彼は1928年の1月19日に大阪で生まれた。

泰蔵院(福井県)の林ダイチョウの下で出家し、永平寺の橋本恵光の下で3年間修行した。その後、駒澤大学に入学した。

渡米後[編集]

1963年に、曹洞宗務庁よりロサンゼルスの禅宗寺に派遣された。

1965年サンフランシスコ桑港寺に行き、鈴木俊隆と、後の1969年に分離設立されたサンフランシスコ禅センターの活動を助けた[1] [2]

サンフランシスコでの勤務中、彼は自分の坐禅会を作ることを考え始めた。その後ほどなくして鈴木老師が亡くなり、モントレーに坐禅会を結成した。[2]

ミネソタ禅センター[編集]

1972年にミネアポリスカルホーン湖近くに移動した[3]

そこで彼は後にミネソタ禅センター(願生寺)となる小さな禅堂の住職となった[4]

更に、南ミネソタに宝鏡寺を創設した[5]

ミネソタ行きを決めたのは、そこに禅の指導者がほとんどいなかったからである。彼は、アメリカの禅の指導者の大多数はニューヨークカリフォルニアにおり、その間の中部地方は人手が足りなかった現状を見た[6]

1970年代から1980年代にかけ、彼は楢崎一光が堂頭を務める瑞應寺に多くの修行者を送り出した[7]

1984年にはゼンテツ・リチャード・ベーカーのサンフランシスコ禅センター住職辞任により、センターより依頼されて臨時住職を1985年まで務めた。

1990年にガンで遷化するまで、ミネソタに留まった[8]

家族[編集]

彼は片桐トモエと1960年に結婚し、2人の息子(ヤスヒコ、エイジョウ)を授かった[6]

弟子[編集]

彼には12人の法嗣がいた[9]

  • スティーブ・ハーゲン
  • Nonin Chowaney
  • イヴォンヌ・ランド
  • Karen Sunna
  • Dokai Georgesen
  • Norm Daitetsu Randolph
  • Shoken Winecoff
  • Teijo Munnich
  • Dosho Mike Port
  • Joen Snyder O'Neal
  • 吉田ロサン
  • Emyo Dielman

著書[編集]

脚注[編集]

参考文献[編集]

外部リンク[編集]