板谷信一郎

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板谷 信一郎 (いたや のぶいちろう 1890年明治23年〉5月1日[1] - 1961年昭和36年〉12月28日[1])は、東京都立川市長(1期)。

経歴[編集]

1890年神奈川県北多摩郡立川村(立川町を経て、現在の東京都立川市)生まれ。1951年立川市長に就任[2]

市長就任後は、市内に市営競輪場を開設、市営塵芥焼却場の建設、浄水場の完成、市営野球場の開場、立川音頭の制定などがあった[2]

1955年に退任するまで市長を4年間務めた。

1961年に死去。71歳。

脚注[編集]

  1. ^ a b 『全国歴代知事・市長総覧』145頁。
  2. ^ a b 『日本の歴代市長』第1巻、951頁。

参考文献[編集]

  • 歴代知事編纂会編『日本の歴代市長』第1巻、歴代知事編纂会、1983年。
  • 『全国歴代知事・市長総覧』日外アソシエーツ、2022年。