松前ピリカ

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松前 ピリカ(まつまえ ピリカ、1913年 - 1976年)は、北海道平取町出身の民謡歌手。本名、平村花子。 ピリカ(pirka)はアイヌ語で「美しい」「良い」という意味。

平取小学校を卒業後、17歳で芸能の道を志し、旅芸人の一座に参加し、ピリカ花子と名乗った。20歳から松前ピリカを名乗った。美声で知られ、「松前ピリカ一座」を主宰し数十名の団員を引き連れ、各地を巡業し、一世を風靡した。また、津山洋子高樹一郎らの後輩を養成した。漫才師の東けんじが在籍していたこともある。

ふるさとのための慈善活動をしたことも知られ、彼女およびその他の村民の寄付により、戦前は消防車や「平取号」という名前の飛行機などが寄贈され、戦後は義経公園内の千本桜などを植樹したことが知られる[1]

平取町内の義経公園内に顕彰碑がある。

脚注[編集]

  1. ^ 義経公園内の顕彰碑による。

参考文献[編集]

  • 川嶋康男『聞きがたり 北の大衆芸』みやま書房、1980年
  • 川嶋康男『北の昭和放浪芸』太陽、1979年