東洋信用金庫

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東洋信用金庫(とうようしんようきんこ)は、大阪市淀川区に本店があった信用金庫

概要[編集]

尾上縫による3240億円(預金高を上回る)架空預金証書事件の影響で経営破綻し、1992年(平成4年)10月1日三和銀行(現三菱UFJ銀行)に吸収合併され、店舗の多くは他の信用金庫等に譲渡された。預金保険機構の発動による破綻処理としては、東邦相互銀行(1992年4月伊予銀行が救済合併)に次いで2件目であり、合併時に預金保険機構より200億円の金銭贈与を受けた。

解散前の店舗数は30、統一金融機関コード1658、預金高は3,042億25百万円(1992年3月)であった。なお、旧本店営業部の建物(大阪市淀川区宮原5-1-24)は、現在、大阪信用金庫新大阪支店となっている。店舗は大阪府内の信用金庫に譲渡されている。

沿革[編集]

  • 1952年(昭和27年)9月1日 中小企業等協同組合法により、三徳信用組合として設立
  • 1969年(昭和44年)8月1日 金融機関の合併及び転換に関する法律に基づき、信用金庫法による信用金庫に転換し、東洋信用金庫と改称
  • 1981年(昭和56年)10月1日 福利信用金庫を吸収合併(新金庫名は、東洋信用金庫)
  • 1992年(平成4年)10月1日 三和銀行に吸収合併され、消滅