本池喜八

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本池 喜八(もといけ きはち、文政11年(1828年) - 明治44年(1911年))は日本実業家。本池運送店創業。

経歴[編集]

大篠津村(現鳥取県米子市大篠津町)に本池源次郎の長男として生まれた。

明治5年(1872年)8月馬車による運送業を始めた。大篠津を基点として旧道を利用して弓ヶ浜一帯へ木綿生産物・農産物・海産物・桑苗等を運送した。特に弓ヶ浜の木綿生産はこの地方最大の産業であり、この運送業は、養蚕と共に製糸業の普及と発展に寄与した。

明治三十七年伯耆国実業人名録』によると、代表的商人として貨物運送業本池喜八の名を記録している。同書によると喜八は、国鉄山陰鉄道西線の境~御来屋間が開通し、大篠津駅が開設された翌年の明治36年(1903年)大篠津駅に貨物運送業本池運送店を開店した。はじめは国際通運株式会社の名称でスタートした。

喜八は明治44年(1911年)83歳で没したが、その事業は二代鹿太郎、三代節也、四代正三と引き継がれていく。

参考文献[編集]

  • 編集、発行-大篠津郷土誌作成委員会 『新修大篠津郷土誌』 2001年 183-184頁