景ビン王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
本来の表記は「景湣王」です。この記事に付けられた題名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。
景湣王 魏増
第15代王
王朝
在位期間 前243年 - 前228年
生年 不詳
没年 前228年
安釐王

景湣王(けいびんおう、? - 紀元前228年)は、国王。君主としては7代目、王としては5代目。『史記』の「魏世家」に記述がある(在位:紀元前243年 - 紀元前228年)。(ぞう)。

経歴[編集]

父は安釐王、子は戦国四君の一人である信陵君は叔父、前漢に仕えた魏無知は従弟に当たる。

即位する前にの人質となっていた時期がある[1]

紀元前243年に父の安釐王が死去したため即位した。同年には秦を恐れさせた叔父の信陵君も死去した[2]

信陵君の死去を知った秦は直ちに魏の侵略を開始[3]。紀元前242年、秦軍は魏の20城を攻め落とし、そこに秦の東郡を設置した。紀元前241年には朝歌を秦に奪われた。同年にと合従して秦を攻めたが敗れた[4]紀元前240年に秦軍に汲を奪われた。紀元前238年に垣・蒲陽などが秦に奪われた。

在位15年目の紀元前228年に死去した。太子の假が跡を継いで王となったが、3年後に魏は滅亡した。

脚注[編集]

  1. ^ 『史記の事典』454頁
  2. ^ 『史記の事典』454頁
  3. ^ 『史記の事典』261頁
  4. ^ 『史記の事典』586頁

参考文献[編集]

先代:
安釐王
の君主
紀元前243年 - 紀元前228年
次代:
王假