日ぽう

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本来の表記は「日琫」です。この記事に付けられた題名は、技術的な制限により、記事名の制約から不正確なものとなっています。

日琫(※王偏に「奉」)(にっぽう、1731年1月23日 - 1803年5月26日)は、大石寺第37世法主

略歴[編集]

  • 1731年享保16年)1月23日、加賀金沢に誕生。
  • 1776年安永5年)4月18日、大坊に入る。5月3日、36世日堅より法の付嘱を受け37世日琫として登座。
  • 1777年(安永6年)春、日珠(9歳)、日琫の室に入る。
  • 1781年天明元年)8月10日〜16日、大聖人第500遠忌を修す。
  • 1782年(天明2年)4月8日、日量(12歳)、日琫の室に入る。
  • 1783年(天明3年)4月28日、法を38世日泰に付し寿命坊に移る。
  • 1785年(天明5年)2月20日、38世日泰寂。6月1日、法を39世日純に付嘱す。
  • 1786年(天明6年)秋、日純、退隠し日琫再往す。
  • 1789年寛政元年)春、大石寺宝蔵再建起工。
  • 1791年(寛政3年)7月11日、法を40世日任に付嘱し寿命坊に移る。
  • 1803年享和3年)5月26日、73歳で死去した。


先代:
日堅
大石寺住職一覧 次代:
日泰