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弁乳母

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

弁乳母(べんのめのと、生没年未詳)は、三条天皇皇女禎子内親王(陽明門院)乳母。本名は藤原明子。

父は藤原北家魚名流加賀守藤原順時、母は肥後守紀敦経女。藤原道綱の三男藤原兼経の室であり、讃岐守藤原顕綱の母[注 1]

長和2年(1013年)に禎子内親王の乳母として出仕し、江侍従周防内侍らと親交があった。承暦2年(1078年)の内裏歌合への出詠が現存作品の最後となっている。家集に『弁乳母集』。勅撰集には『後拾遺和歌集』以下に計29首が入集している。

補注

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注釈

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  1. ^ 異説では、弁乳母は兼経の乳母で顕綱の養母とする[1]

出典

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