大須

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大須商店街(万松寺通商店街)

大須(おおす)とは、愛知県名古屋市中区中心部の地名。名古屋市の代表的な繁華街商店街の一つである。以前は秋葉原日本橋とともに日本三大電気街として知られていたが、現在は老若男女様々な人々が集う活気ある商店街として、またシャッター街から再生し更なる発展を遂げた稀な商店街として知られている。

歴史[編集]

大須観音
萬松寺

起源[編集]

1324年元亨4年)に後醍醐天皇により尾張国中島郡長庄大須[1]北野天満宮が創建され、1333年元弘3年)に同社の別当寺として僧能信が創建した真福寺が、大須観音の始まりとされている。

1610年慶長15年)の名古屋開府による名古屋城築城及び城下町の整備(いわゆる清洲越し)に伴い、旧那古野城の南側(現在の中区及び丸の内二・三丁目付近)にあった萬松寺織田信秀が開基)が現在地に移転。1612年(慶長17年)には美濃国中島郡[2]長岡庄大須郷(現在の岐阜県羽島市桑原町大須)にあった真福寺寶生院(大須観音)が徳川家康の命により現在地に移転されるなど、名古屋城築城に合わせ大須及び周辺に南寺町として多数の寺社が集まり、門前町として発展した。

歓楽街の時代[編集]

幕末1858年安政5年)に、玉屋町(現在の中区錦)の宿屋・笹野屋庄兵衛の上願により、大須観音の北にあたる北野新地(現在の北野神社付近)に役者芸人の宿が置かれ、後に遊女を置く私娼も現れた。明治維新後の1874年明治7年)10月、北野新地が公認の遊廓に指定されたが、敷地が狭く、拡張もできないため、1875年(明治8年)に西大須に移転した。新しい遊郭は北野新地があった日之出町に因んで「旭廊(旭遊廓)」と名付けられたが、1923年大正12年)に現在の中村区大門(おおもん)地区に移転して中村遊廓となった。

いわゆる大須大火により衰退したが、1912年(大正元年)に萬松寺が寺領の山林を一般の商業用地として開放。名古屋市内随一の歓楽街として、劇場演芸場映画館などが数多く作られ、戦前までは東京の浅草・大阪の千日前と並び、日本三大繁華街と称されるほど栄えた。

しかし、第二次世界大戦末期のアメリカ軍戦略爆撃(いわゆる名古屋大空襲)によって大須は壊滅的な被害を受けた。

電気街・電脳街として[編集]

終戦の翌年の1946年に商店主らが「大須盛り場同盟」を結成し、大須の復興を目指した。戦後復興期には、バラック屋根から徐々に名物の土産物屋などが再建したりして、域内の映画館が20館に及ぶなど歓楽街として復活を遂げた。しかしその後は、客足が都市計画によって整備され、百貨店・デパート・地下街ができた名駅地区や地区に流れた。古くからの繁華街であったが故にそうした開発をされなかった大須は、栄の繁栄に圧迫されるようになり、更にその栄とも100m道路(若宮大通)により分断されると人の流れも断絶。さらに1972年に名古屋劇場が火災で焼失した事や、大須まであった市電が廃止、多数あった映画館がテレビの普及で次々と潰れたこと、モータリゼーションに乗れなかった、オイルショックなども重なって、一時期大いに寂れ、昭和40年代は僅かに年配の参拝者くらいしか人通りの無いシャッター商店街と化した。

1975年に、こうした状況に危機感を抱いた名城大学の助教授・学生が、「アクション大須」を実施。あまりに閑散とした商店街を、大道芸人の芸の場としてや学生祭の会場の延長にしたようなお祭りであったが大盛況を収め、これに刺激を受けた若手商店主達により大須大道町人祭に続く。また「ラジオセンターアメ横ビル(現 第一アメ横ビル)」を建設し、ここへ秋葉原から招致した家電店パソコンショップなどを入れた。これらを契機として客の足が大須に向くようになり、更に商店街へ電器店やパソコンショップが集まって、秋葉原(東京)、日本橋(大阪)に次ぐ電気街[3]として発展し、日本三大電気街の一つとして数えられるようになった。その後に電子街、電脳街、オタク街としても発展していった点も秋葉原などと同様である。

しかし秋葉原、日本橋とは異なり、この地方では時計・カメラ系量販店(ウォッチマンアサヒドーカメラトップカメラ)が家電・パソコン携帯電話などを販売していた他[4]、大須自体がアーケード商店街がメインだったため、郊外型家電量販店の台頭に加え、名古屋駅前の大型店進出(ビックカメラ名古屋駅西店、ヤマダ電機LABI名古屋店)により、秋葉原、日本橋の例と同様に電気街としては縮小傾向にある[5]。また、電脳街としてもグッドウィル九十九電機などが店舗統・廃合するなど、名古屋駅近辺に進出したビックカメラグループ(ビックカメラ・ソフマップ)やヤマダ電機などの影響や業界再編の波で縮小傾向にある。なお、前述のグッドウィルや中京マイコン、アプライド(旧コムロード)では美少女ゲームに店舗独自特典を付けて販売する事でも知られる。

年表[編集]

  • 愛知県博物館が取り壊され、愛知県商品陳列館が開設される[12]
  • 浪越教育動物園が門前町に移転(後に鶴舞公園に移転)[9]

現状[編集]

赤門交差点

名古屋でも有数の観光地であり、不動産・住宅情報サイト「HOME'S」内の住宅トレンドニュースサイト「HOME'S PRESS(ホームズプレス)」にて、「愛知県民に聞いた好きな名古屋の商店街ランキング」で、一位を獲得している(二位は円頓寺商店街[16]

中部地方のオタク街[編集]

他の電気街と同様にオタク街としても発展しており、その歴史も長く、古くは同人ショップが全国化する10年以上前からDカルトが存在していた。メイド喫茶もあり、「お帰りなさいませ、ご主人様」のあいさつは大須の「M's Melody」が発祥とされる。東京の秋葉原や大阪の日本橋でメイド産業が発展していた2000年代のうちは大須のメイド喫茶はその店のみ、もしくはその店を含めて2 - 3店舗のみであった。しかし、2010年を過ぎたあたりから萌えりぃグループや妹喫茶「リトルシスター」の系列店舗などが複数オープンし、急激に店舗数が増加。男装喫茶や妹喫茶、ガンダムバーなどメイド以外のコンセプトカフェ、バーリフレ店もあり、2013年春の時点で15店舗前後ある。店舗が少なかった時期はスタッフの卒業(退店)=業界引退である事が多かったが、増えてからは秋葉原や日本橋ではあったものの、東海地方ではあまり見られなかった卒業→他店舗に移籍というケースも増えている。同年3月には秋葉原や日本橋など広域にわたり展開している「メイドカフェ めいどりーみん」が大須の招き猫前に名古屋地区で初めてオープンした。ライブアイドルが多数在籍するアイドルカフェもある。主に常設店舗元キャストやライブアイドルが一般の飲食店などを借りて1日限定や不定期カフェを開催する場合もある。なお、秋葉原や日本橋とは異なり、カフェでもチャージ料がかかる店舗が大半である(1時間500円程度の店が多い)。2013年あたりから30分500円程度でフリードリンク制を採用している店舗も増えている。

2010年からは地元大須を代表するローカルアイドルグループ「OS☆U」が活動を開始、以後、「CAMOUFLAGE」や「BSJ」といったアイドルグループが続々と登場している。中でもOS☆Uは、月数回商店街で路上ライブを開催するなど、非常に人気を集めている。また、仁王門通ではSKE48のPV撮影が行われた。

名駅地区の「コミックとらのあな」(2013年4月に久屋大通から移転)・「メロンブックス」・「アニメイト」・「らしんばん」など、東京資本の店は大須以外に立地している。しかし、2005年には、「ゲーマーズ」名古屋店が栄地区から大須に移転し、2007年末には「まんだらけ」も名古屋店を大須に移転、2008年8月には「WonderGOO」が進出。2018年3月に「コミックとらのあな」は大須店を開店している。地元資本の三洋堂書店も上前津店は他店舗とは全く違う品揃えで、特に3階はワンフロアすべてがライトノベルをはじめとしたオタク向け商品となっている。

2008年9月には「K-BOOKS」が出店したが、2010年5月に撤退。2014年1月にSCRAPが手掛ける『リアル脱出ゲーム』専門店である「アジトオブスクラップ名古屋」が大須に出店し、2015年3月まで営業し、矢場町に移転した。

なお、秋葉原名物となったおでん缶の元祖とも言える天狗缶詰は名古屋の企業であるが、秋葉原で名が知られるようになった頃は、まだ大須には置かれていなかった[17]

様々な施設と店舗がある街[編集]

東仁王門通商店街

コメ兵矢場とん大須ういろ青柳ういろうの本店・本社も大須にあり、これらを始めとした中古品売買店、名物の飲食店や通常の飲食店、おみやげ物の店舗も多数ある。 萬松寺や大須観音といった高齢者も多く訪れるスポットもあり、これに向けた名物や中高齢者向け衣料品店などもある。古くには繊維街だっただけあって、現在でも衣料品の店舗が多く、若者向けの衣料品店や古着屋も多く出店する。 寺町として現在でも大須及び周囲には、大須観音、万松寺、七寺、北野神社、若宮八幡社、栄国寺など多数の寺社仏閣があり、寺社巡りや御朱印集めのスポットとしても人気がある。

また、大須の再生には若年者の自営業開始が相次いでいる事も寄与している。他の商店街では店主の高齢化などにより店を閉めたり、品揃えをニーズの変動に合わせられないと、商店街としての魅力などが低下。それが客足を遠のかせ、更なる閉店を招く、という悪循環などでシャッター商店街になることが多々あるが、大須商店街も2000年あたりで店主の高齢化とシャッターを閉めた店が目立つようになり、ここへ電気街としての衰退も合わさって活気を失ってきていた。このため大須商店街は、そういった店舗と店を持ちたい者を結びつける仕組みを構築。商店街の説得もあって、店主の側も「ヨソの若者」に店を任せ、それまでの業態を継がず一変することも容認した。これにより、輸入雑貨やセレクトショップなど、他ではあまり見ないような店が集中して多様に多数、しかも代々続く店や中高齢者向け店舗と並立してあるという、大須ならではの混沌とした店揃えを構築。この店揃えがそれぞれの店を目当てとした客だけでなく、珍しさと面白さを楽しむ客も呼び込み、更に店を持ちたいという者も引きつけるという、好循環を成している。

この好循環の結果、店舗開店希望が集まりすぎて空き店舗が無い状態が続いたため、アーケード街の近傍にあった民家などが店舗に改装・建替されることも多発。電気街としての衰退を補って余りある活況を成し、商店街としての広がりも増している。アーケード街の外に新規に出来た店は商店街振興組合に加盟していないことも多いが、組合が作成・配布しているマップでは非組合加盟店も記載している。[15]

これらにより、従来やや手薄だった非オタク層の若者や女性の来客も増え、文字通り老若男女が集う商店街となった。また、こうした経緯から、東京資本などの店はアーケード街にはほとんどないことも、特徴的な商店街としての性格を保たせている。道路整備などにより陸の孤島と化した大須だったが、これが逆に小規模店舗が並び立つ状態と歩いての周遊に適した状態を保存し、現在の盛況を成すことになっている。

かつてはスガキコシステムズ(スガキヤ)の本社も大須にあったが、2010年に丸の内に移転している。逆にバッファローは一時大須から移転していたが、2010年に新社屋が完成したために大須へ再移転している。

そのほかに郵便局銀行があり、大須演芸場、古着屋、アメカジ、格闘技用品店、各国料理店、飲み屋、家具屋、仏壇屋、ゲームセンターパチンコパチスロ店、射撃場、銭湯ライブハウス、韓流ショップ、ブラジル料理店などがある。但し、名駅・栄地区で盛んな百貨店、高級ブランド品直売店、ビジネスホテルはほとんどない。

頻繁にイベントがある街[編集]

大須再生の切掛の一つが大須大道町人祭だっただけあって、現在でもイベントは多数行われており、その頻度は10日に1回は、と言われるほど多い。特徴的なのは、こうしたイベントは企画のみならず作り物制作や餅つき等々を、商店主達自ら出来ることは最大限に行っている点にある。更には大須大道町人祭の実行委員長は毎年変わり一生に一回限りなど、責任ある立場に新しい視点やアイデアを取り込むことも行っている。大須観音の境内も、骨董市などの会場として使用されている。

何気なく行っても大道芸人が芸を披露していたり、つきたての餅を配布していたり、コスプレイヤーが練り歩いていたりするのも大須では珍しくない。

サブカルの街・観光地[編集]

秋葉原と同様に、電子部品などの店やオタク系のショップに加えて、様々なサブカルチャーの街としても発展。外国人観光客増加期に「ナゴヤのアキバ」的な場所として認識されて外国人観光客が増加。これらが広く認識される前から「世界コスプレサミット」を開くなど、一部では秋葉原よりも先行している面がある。

更には歴史ある寺社や名物から中古家電、メイド喫茶、名古屋グルメもマニア向け店も若者に人気の飲食店もあるという、非常に様々な施設・店舗がある街として認知度が上がり、遠方からの買い物客や観光客も増加。それが食べ歩きに適した各国料理の屋台を増加させるなど、更に店舗の多様化を成すという状況にあり、こうした面でも秋葉原と同様に観光地化もしてきている。ただし、整備が進んだ秋葉原と違い、下町的な雑多さも変わらず残っている。

広大なアーケード商店街が広がり、平日・休日を問わず人通りが絶えない。老若男女・国籍人種も様々で県外から買い物に訪れる人も多い。また、アーケードを外れた裏道や入り組んだ路地にも様々な店舗があり、こうした店を発見するのも楽しみとなる。オタク系趣味の者の隣に若いカップルや高齢者が歩き、家族連れや外国人が店頭の商品を見ているという、「人類みな兄弟」とも言える光景を目にする事のできる街である。この大須のカオス的な良さは、小規模店舗を積極的に開いた事もあるが、隣接する栄地区が官製の計画により出来た街で、企業の本社・支社や百貨店が立ち並ぶ高級感もあるのに対して、違う商店街として発展しようとした面もあるといえる。また、何もせず変わらないでいたため滅びかけ衰退しかけたこと、それを新たなものが打ち破ったことも、積極的にイベントを仕掛け、常に新しく変わり続けることの重要性を認識させたといえる。

近年、全国各地の商店街が衰退・縮小する中で、再生しさらなる発展を遂げた稀な例である[18]。そのためか、日本各地の商店会組合や連合などの団体が年間を通して多く視察に訪れている。

アーケード街[編集]

メインストリートとなる万松寺通

主な通りごとに万松寺通商店街、大須新天地通商店街、名古屋大須東仁王門通商店街、大須仁王門通商店街、大須観音通商店街、大須門前町商店街、大須本通商店街、赤門通商店街、赤門明王商店街が形成され、9つの商店街で約400店舗、地区全体では約1100店舗が集積し、全体で「大須商店街」を構成する[15][19]

なお、電子マネー楽天EdyiDのシステム導入に積極的であり、約半数の店がEdyやiDでの支払いが可能である。また一部の店ではmanacaなどの交通系電子マネーでの決済が可能である。

キャッチセールス・詐欺まがい行為[編集]

大須では、名古屋駅地区や秋葉原と同様に、絵画商法デート商法恋愛商法と言われる悪質商法キャッチセールスが近年非常に多く報告されている(業者はそれぞれ別会社)。特に平日は比較的人が少ない事もあって、若い男性が一人で歩いていてカモにされやすい外見・行動であると、かなりの確率で声をかけられる事がある。また、一部のゲームセンターなどでは「声をかけてくる人はみんなキャッチセールスですので注意してください」という張り紙をしている程である。

地理[編集]

商店街を外れた所にある、珍しい自動車・歩行者用一体型信号機(裏門前町通と赤門通の交差点に設置) 自動車・歩行者用一体型信号機(LED式信号更新前)
商店街を外れた所にある、珍しい自動車・歩行者用一体型信号機(裏門前町通と赤門通の交差点に設置)
自動車・歩行者用一体型信号機(LED式信号更新前)
コメ兵本館ビル 大須301ビル
コメ兵本館ビル
大須301ビル
大須アメ横ビル グッドウィルデジタルモール
大須アメ横ビル
グッドウィルデジタルモール
赤門通ビル 街頭に設置された巨大招き猫
赤門通ビル
街頭に設置された巨大招き猫

範囲[編集]

地域概念としての「大須」は、大須通(南側)、大津通(東側)、伏見通(西側:国道19号)、若宮大通(北側)の4つの道路に囲まれたエリアを指す事が多く、この範囲は「大須商店街」として知られる[20]。地名としての「大須」は、東西を堀川新堀川、南北を大須通と若宮大通に囲まれた地域であり、大須一丁目、大須二丁目、大須三丁目、大須四丁目が存在する。

大須の主な通り名[編集]

南北の通り[編集]

  • 大須表参道通
  • 大須弁天通
  • 文長通
  • 大須本通
  • 門前町通
  • 大須横丁通
  • 裏門前町通
  • 文殊通
  • 北新天地通
  • 新天地通

東西の通り[編集]

  • 大須西通
  • 西赤門通
  • 赤門明王通
  • 赤門通
  • 大須観音通
  • 万松寺通
  • 仁王門通
  • 東仁王門通

アクセス[編集]

公共アクセスは地下鉄や市バスとなるため、遠方から直接のアクセスはあまり良くないが、セントレアとの接続拠点でもある金山駅や中央線の鶴舞駅からは乗り換え1回で上前津駅まで1~2駅。栄駅からは2駅、名古屋駅からは乗り換え2回要するが3駅程度と、主要なターミナルからのアクセスは良い。 また栄中心部-矢場町-大須と繁華街が連続しているので、歩いて巡る人も少なくない。

主な施設[編集]

祭り・イベント[編集]

出身有名人[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ 現在の岐阜県羽島市桑原町大須
  2. ^ かつては尾張国中島郡だったが、1586年天正4年)6月の木曽川氾濫による流路変更により、木曽川右岸となった地域が美濃国に編入された。
  3. ^ 2006年7月の調査によると、電器店、パソコンショップ等の数は秋葉原、日本橋、大須の順で多い。
  4. ^ 但し、ウォッチマンは2006年に倒産し、アサヒドーカメラも2010年から家電・パソコン・携帯電話の販売を取り止めている。
  5. ^ <家電激戦区を歩く 〜ライバル激突で何が起きているのか~>【愛知・名古屋市】vol.1 街の全体像~名古屋駅前が家電の街に 再開発で新たな軸が生まれるBCN Bizline、2013年4月11日
  6. ^ a b c 荒俣宏監修 名古屋開府400年記念事業実行委員会『尾張名古屋大百科』114-115頁、ISBN 978-4835617619
  7. ^ 愛知県図書館 郷土資料展
  8. ^ 龍影閣(旧名古屋博物館品評所)(文化財ナビ愛知)
  9. ^ a b 1. 東山前史|東山動植物園
  10. ^ 愛知教育博物館関係史料の紹介と解説(その2) (PDF)名古屋大学博物館報告 No. 22、267–276頁、2006年
  11. ^ 愛知教育博物館関係史料の紹介と解説(その1) (PDF) 、名古屋大学博物館報告 No.21、173–182頁、2005年
  12. ^ 愛知縣商品陳列館の開館 - 名古屋商工会議所のあゆみ名古屋商工会議所
  13. ^ 明治時代の名古屋「商品陳列館」(Network2010.org)
  14. ^ 大須観音宝生院再建 (PDF)清水建設二百年作品集
  15. ^ a b c がんばる商店街77選:大須商店街連盟中小企業庁
  16. ^ http://news.mynavi.jp/news/2015/05/16/010/
  17. ^ 真実のおでん缶(前編)、ASCII.jp、2000年11月24日
  18. ^ 商店街活性化への取り組み 大須商店街(名古屋市中区)、B STYLE26月号(2007年9月11日発行)
  19. ^ 大須商店街連盟、大須商店街公式ホームページ「アット大須」
  20. ^ 大須商店街のエリア紹介、大須商店街公式ホームページ「アット大須」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

座標: 北緯35度9分31.874秒 東経136度54分13.468秒 / 北緯35.15885389度 東経136.90374111度 / 35.15885389; 136.90374111