売ります。赤ん坊の靴。未使用

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小児用の靴にまつわる、英語で6語の「小説」は、フラッシュ・フィクションを体現する作品とされている

売ります。赤ん坊の靴。未使用」(For sale: baby shoes, never worn)は、英語で6単語からなる短編小説の全文である[1]。このシックスワード・ノベルは、フラッシュフィクション、サドゥンフィクションの極端な例でもある。アーネスト・ヘミングウェイの作品とされることが多いが、ヘミングウェイへの帰属は確かなものではなく、同じような趣向の小話は古くから存在する。

背景[編集]

ヘミングウェイが作者とされる場合、たいてい他の作家たちとの賭けの場面がクローズアップされる。1992年にSF作家のアーサー・C・クラークがカナダのユーモア作家ジョン・ロバート・コロンボen:John Robert Colombo)にあてた手紙ではこう語られている。友人たちと昼食をとったレストラン(リューホーズともザ・アルゴンキンともいわれている)で、ヘミングウェイは6つの単語で全ストーリーをつくってみせるほうに10ドル、といってテーブルの親になった。賭け金がそろうと、ヘミングウェイはナプキンに「売ります。赤ん坊の靴。未使用」と書いてテーブルに回した。そして彼は賭け金を総取りしたのである[2]

歴史[編集]

すでに1910年5月16日付の「スポーケン・プレス」は、その張本人がとてつもない悲劇に見舞われたことを印象づける広告記事を掲載している

1910年5月16日付の「スポーケン・プレス」には「衣類が売り出されて明るみに出た赤ん坊の死という悲劇」という記事が掲載されている。当時、ヘミングウェイは10歳に過ぎず、彼がその後作家としてのキャリアを開始するのは何年も先のことである[2]

1917年にはウィリアム・R・ケーンが「編集者」という連載で、子供を亡くし、悲しみにうちひしがれた女性という基本的なアイデアを描く作品を発表している。彼女の悲しみは「小さな靴、未使用の」という題名からもうかがわれるのだった[3]。このバージョンでは、靴は売られるというより譲られるといったほうがいい。ケーンは、売り主にとってそのほうがいくばくかの慰めになることを描こうとしている。あまりに露骨とはいえ、少なくともその分ほかの赤ん坊が得をするのだから[4]

1921年にはすでにパロディの対象にもなっている。同じ年の「ジャッジ」6月号に靴のかわりにベビーカーを用いたバージョンが掲載されており、語り手は女性に哀悼の意を評してはいるのだが、実際には売り主が双子を出産したため一人用のベビーカーを売りに出したことが明らかになるのであった[2]

ヘミングウェイとの結びつきは1991年まで遡ることができるが、それはすでに彼の没後30年のことである。ピーター・ミラーの著書『本を出せ!プロデュースを得よ!著作権代理人が教える君の本を売るためのヒント』において描かれる、1974年に「とある著名な新聞シンジケーター」がミラーに語ったエピソードがそれである[5]。1992年にジョン・ロバート・コロンボが刊行したアーサー・C・クラークの手紙にも、ヘミングウェイが仲間の作家たちから10ドルずつ巻き上げたというエピソードを添えて、同じ話が繰り返されている[2]

1996年初演のジョン・デグルートによる一人芝居「パパ」によって、ヘミングウェイとの連想は強固なものとなった。1959年のキューバでの、ライフ誌によるフォトセッションを題材としたこの舞台で、デグルートはこの6つの単語をヘミングウェイ流の簡潔さを示すものとして登場人物に語らせているのである[2]。舞台のプログラムにおいてデグルートは自身のヘミングウェイ描写を擁護してこう書いている。「劇中のすべては、アーネスト・ヘミングウェイもしくは彼をよく知る人物が語った出来事に基づくものである」[6]

その後[編集]

この赤ん坊の靴という物語はかつては「ショートショート」とされていたが、その後、こういった極端なまでに少ない言葉数でひとつの物語を描こうという奇想を称して「フラッシュ・フィクション」の名で知られるようになった。とりわけ英語で6単語という制約は「6単語の回顧録」(Six-Word Memoirs)といったコンセプトまで産み出した。

脚注[編集]

  1. ^ 高遠裕子の訳を使用した ティナ・シーリグ (2012). 未来を発明するためにいまできること スタンフォード大学 集中講義II. 高遠裕子(翻訳). CCCメディアハウス. https://books.google.co.jp/books?id=pnGhAgAAQBAJ&pg=PT77&dq=%E5%A3%B2%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82%E8%B5%A4%E3%82%93%E5%9D%8A%E3%81%AE%E9%9D%B4%E3%80%82%E6%9C%AA%E4%BD%BF%E7%94%A8&hl=ja&sa=X&ei=xNqbVcDRC5P_8QXnjoHADg&ved=0CDQQ6AEwAA#v=onepage&q=%E5%A3%B2%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82%E8%B5%A4%E3%82%93%E5%9D%8A%E3%81%AE%E9%9D%B4%E3%80%82%E6%9C%AA%E4%BD%BF%E7%94%A8&f=false. 
  2. ^ a b c d e Garson O’Toole (2013年1月28日). “For Sale, Baby Shoes, Never Worn”. quoteinvestigator.com. 2013年4月19日閲覧。
  3. ^ Haglund, David (2013年1月31日). “Did Hemingway Really Write His Famous Six-Word Story?”. Slate. 2013年4月14日閲覧。
  4. ^ Kane, William R. (1917年2月24日). “untitled”. The Editor: The Journal of Information for Literary Workers, Volume 45, number 4. pp. 175–176. 2013年4月20日閲覧。
  5. ^ Miller, Peter (Mar 1, 1991). Get Published! Get Produced!: A Literary Agent’s Tips on How to Sell Your Writing. SP Books. pp. 27. http://books.google.ca/books?id=VqKAE2euEnMC&lpg=PP1&dq=Get%20Published!%20Get%20Produced!%3A%20A%20Literary%20Agent%E2%80%99s%20Tips%20on%20How%20to%20Sell%20Your%20Writing&pg=PA27#v=onepage&q=baby&f=false. 
  6. ^ Baby Shoes”. Snopes.com (2008年10月29日). 2013年4月14日閲覧。